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37.安心と手に入れた信頼





セスの精神を安定させ、帝国外へと安全に逃げる。

その為に私はなるべくセスの要求を受け入れながらも、かつてセスと共に過ごしたリタ代役時と変わらぬ態度で平和な日常を過ごせるように心がけた。

そしてセスに全てを支配されるここでの生活ももう一ヶ月が過ぎようとしていた。




「ただいま戻りました」


「おかえり、セス」




窓の一切ない、この部屋唯一の出入り口である扉からセスが今晩も少しだけ疲れた様子で現れる。

私はそんなセスをいつものように笑顔で受け入れた。




「今、夕食を作りますからね。今日は市場で新鮮な野菜を手に入れたんです。あ、あと苺も見つけたので買いましたよ」


「本当?新鮮な野菜ならサラダにして食べたいな。苺はそのままでも最高だけど生クリームでも食べたいかも」


「ふふ、かしこまりました。ではそのように致しましょう」




セスと他愛もない会話をしながらも私はセスを何となく観察する。

ここ一ヶ月ほどでセスは間違いなく安定していた。


最初こそ笑っているが、目が笑っていないという表情ばかり浮かべていたセスだったが、最近はきちんと心から笑えている気がする。

私のリクエストを聞き「少々お待ちくださいね」と微笑むセスは私がよく知っているセスそのものだった。


ここまで落ち着いたのなら次の段階に行ってもいいのかもしれない。

もちろん、セスの様子を見ながらになるけれど。





*****





私の夕食を準備する為にこの部屋からセスが出て行った約1時間後。

私は今日も足が不自由なのでセスの手によってソファに運ばれ不本意だがセスの手から夕食を食べていた。




「次は何を食べますか?」


「んー。じゃあ次はサラダで」




笑顔で私の答えを待つセスに、私は目の前のテーブルいっぱいに並べられた食事の中からサラダを指差す。

するとセスは「かしこまりました」と笑顔で頷き、慣れた手つきでフォークを使い、私の口元へとサラダを運んだ。


まるで赤子の世話を焼くように私の世話をするセスに今でも恥じらいはあるが、一ヶ月もこれを繰り返されればさすがに耐えられるくらいには慣れた。

もちろん必死に耐えた結果がこれだというだけで、やらなくてもいいのならやりたくない。




「…ねぇ、セス」




セスから食事を食べさせられながらも、私は意を決してセスを見据える。

だが、あくまで表面上はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべ、他愛のない会話をするように口を開いた。




「私、ずっとこの部屋にいるでしょ?だから何だか窮屈で…。他の部屋にも行ってみたいんだけどどうかな?」




今は安定しているセスがまた不安定にならないように慎重に言葉を選ぶ。


私はここで生活するようになって初めて、この部屋から出たいとセスに主張した。


セスを安心させ、精神状態を安定させる。

そこまでできたのなら次に必要なのはそのセスからの信頼と信頼から得られる自由だ。

その自由の最終目標はもちろん屋敷外へと出て、帝国外へと逃げることだ。

だが、いくらセスを安定させたからといって、すぐにセスは私を自由にはしないだろう。

きっと今の状態で屋敷から出して欲しいと主張しても、その主張は通らないはずだ。


だから私は考えた。

ならば少しずつ私の行動範囲を広げ、セスが安心できる範囲を広げていけばいいと。


最初はこの部屋から出られるようにする。

それからこの屋敷、この屋敷の庭、最後にはセスの手の中から。

そして帝国外へと逃げるのだ。


セスの返事を緊張しながらも待っていると、セスは何やら難しい顔をして口を開いた。




「…そうですよね。ステラ様はもうずっとこの部屋から出ていませんからね…」




セスが空色の瞳を伏せ、何やら思案し始める。


少し前のセスならここで仄暗い笑みを浮かべ、私の意見なんて断固拒否の姿勢を見せていたが、少しだけでもこちらに譲歩するつもりがあるらしい。


…いける。

セスは私を信頼し始めている。




「この屋敷の中で動きたいだけなの。誰だって同じ場所にずっといると気が滅入るでしょ?健康にもよくないはずだよ」


「…」




瞳を伏せたまま、思案を続けるセスの背中を押すように、私はセスに真剣に訴えかける。

私の話を聞いているのかいないのかわからないセスだが、そんなことはいちいち気にしない。聞こえていないのなら聞こえるまで伝えるだけだ。




「セスと一緒に屋敷内を散策してみたいな。ここのことはまだこの部屋のことしか知らないから…」




セスに何とかこの切実な思いを伝えようと、うるうると瞳を潤ませ、上目遣いでセスをじっと見つめてみる。

するとずっと伏せていたセスの瞳とやっと目が合い、セスは一瞬だけ固まった。

だが、固まったのはほんの一瞬だけで、セスはすぐに冷静さを取り戻し、嬉しそうに笑った。




「…一緒にこの屋敷を散策しましょう、ステラ様。アナタの為に用意していたものが実はたくさんあるんです」




私をまっすぐ見つめる空色の瞳にはもうあの仄暗さはない。

私はおそらくきっとセスの安定と信用を勝ち取ったのだ。




「私の為に用意していたものがまだあるの?」


「はい。ここは俺の屋敷である以前にアナタの為に用意した屋敷ですから」


「へぇ。じゃあ明日から早速案内してよ」


「もちろんです」




空色の瞳を細め、笑みを深めるセスからはあの仄暗い感情は感じられないものの、愛情は感じてしまう。


セスは本当に私を慕っているようだ。


何だかセスからの慣れない暖かい視線に、だんだんいたたまれない気分になる。

どこか心がくすぐったい。




「明日までに車椅子を準備いたします。

アナタが使うものなので、オーダーメイドの最高級品を使いたいところですが、早急に準備するので、明日準備するものは既製品となります。いつか必ずオーダーメイドの最高級品の車椅子をご用意いたしますのでどうか許して頂きたいです」


「いや、既製品の車椅子で十分だよ。急なのにありがとね、セス」


「いえ。俺はステラ様の執事なので当然です。そしてアナタに必要な車椅子は既製品ではなく、オーダーメイドの最高級品です」


「いやいや。既製品でいいよ」


「…俺が納得いきません。アナタを取り巻く全てが特別でないとなりませんから」


「あはは。大袈裟だよ。それだとここにあるもの全てがそうでなければならないんだよ?」




大真面目にあり得ないことを言うセスがおかしくてつい笑ってしまう。

冷静沈着真面目なセスでも冗談を言うんだな、と思ってセスを何となく見ると、セスは不思議そうな顔で私を見ていた。


…何だか、嫌な予感がする。




「大袈裟ではございませんよ?ここにあるもの全てオーダーメイド品なのですから」


「…」




変なものでも見るような目で私を見るセスに私は絶句する。


セスは確か男爵か子爵の家の出だったはずだ。それも三男でセスに家の資産がある訳ではない。

ルードウィング伯爵家からの給料は他の仕事よりも高級取りだろうが、それでもこんなにもぽんぽんとお金を使えるほどのものなのだろうか。

もしかしなくても私の為にセスは全財産を使っているのではないのだろうか。


セスのぶっ飛び具合に固まること数十秒、私は「お、お金は大事に使いなよ~」と何とか引き攣った笑みでそう言うことしかできなかった。




「?もちろんでございます。だから俺は大事に使っておりますよ?」




そんな私にそうなんでもないように言ったセスに私はまた絶句したのだった。





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