30.愛した彼女を探して sideロイ
sideロイ
本物のリタを探し続けて半年。
彼女だと確信を持てる女性は未だに見つけられていない。
最初は帝都を探し、それからその周辺の街や村を探した。それでも見つからなかったので、捜索の範囲はさらに広がり、今は帝国中を探している。
ここ、国境付近の街マルナへもリタを探す手がかりを追って来ていた。
マルナの街の奥にあるルーワの森にはリタが懇意していたこの帝国一の魔法使いキースがいる。
あの魔法使いならば、何か知っているのではないかと僕はルーワの森を目指していた。
だが、キースに会う前に僕はついに本物のリタだと思える女性を見つけた。
見つけたのだが。
「…ロイ様、あの女性を見失ってしまいました」
僕の目の前で騎士団の男の1人が申し訳なさそうに頭を下げる。僕はやっと見つけた女性を今、また見失ってしまっていた。
「この森に入って行ったことは確かだ。森全域に捜査の手を広げよう。ただ街に戻る可能性もあるから少数精鋭で街を捜査する隊も作れ。それから街の帝国民に協力を仰ぎ、街でも彼女を見つけられるようにするんだ」
「はっ」
僕の淡々とした指示を聞き、騎士がすぐに僕の目の前から姿を消す。
彼女を見失ってしまったのはここルーワの森だ。
つい先ほどまで、彼女の存在を確認できていたはずだが、突然彼女は僕たちの目の前から姿を消した。
あまりにも綺麗さっぱり彼女の存在が消えてしまったので、様々な修羅場をくぐってきた騎士たちでさえも、この状況に困惑していた。
ここはリタが懇意していた魔法使いキースのいる森だ。
おそらくあの魔法使いが魔法を使い、僕たちの前からリタの姿を消したのだろう。そうでなければ、ここまで綺麗に全てを消すことは不可能だ。
やはり彼女がリタであり、魔法使いと何か関係があることは間違いない。
また僕が彼女をリタだと確信できた理由は他にもあった。
それはあの身のこなしだ。
最上階である4階から難なく下へと降り、さらには帝国騎士団の鍛え抜かれた騎士たちを翻弄したあの脚力に先を考え判断し、ルートを選ぶ頭。
その全てが普通ではなかった、剣術を磨き、模擬戦で活躍していたリタによく似ていた。
「ロイ様」
本物のリタのことを考えていると、後ろから今度はピエールが声をかけてくる。
「情報の共有に参りました。現在、森全域を捜索中ですが、最後にあの女性を見かけた数メートル先で魔法の痕跡が見つかったとのことです」
「そう…。それならもうお手上げだね」
真剣な表情で報告するピエールに僕は肩を落とす。
魔法を使われては今の僕たちに彼女を探す術はない。
仮に宮殿所属の魔法使いを連れて来たとしても、帝国一の魔法使いの魔法を打ち破るのは難しいだろう。
「一旦、彼女の探し方を変えた方が良さそうだね。隊長を呼んで。それからステラの安否を確認させたよね?それを報告ができる者も呼んで」
「わかりました」
僕に指示を出されたピエールが真剣な表情で返事をする。だが、返事をしただけで、何故かその場から離れようとしない。
何か言いたげな目でこちらを見ている。
「どうした?」
「…いえ、あの少しだけよろしいでしょうか」
なかなか動き出そうとしないピエールに問いかければ、おずおずとピエールがこちらを伺う。
なので僕はそれを「ああ」と短く了承すると、ピエールは言いにくそうに口を開いた。
「…あの女性がロイ様が探しておられた本物のリタ嬢なのですよね…?」
「おそらくね」
「…と、ということはロイ様が以前おっしゃっていたあのお話は…」
「可能性の話だけどね。そうであることが一番自然だろう?」
「…ええ、まぁ、はい」
言いにくそうに言葉を紡ぎ続けるピエールに僕はふわりと笑ってみせる。
そんな僕にピエールは青白い顔で歯切れの悪い返事をした。
ピエールが言っていた〝あの話〟とは僕が立てたある仮説の話のことだ。
僕はリタと婚約した後、早い段階で、今目の前にいる女が僕の愛している女性ではないと気がついた。
見た目は確かにリタだったが、中身が全然違ったからだ。
わがままで自分勝手なところもある彼女だが、時には聡明で努力家な面もあった。
不思議な二面性のある彼女のことを僕は面白いと思っていたし、そんなところが愛おしかった。
それなのにその聡明さや努力家な面が突然綺麗さっぱりなくなってしまったのだ。
他の者ならこんな話を聞けば、単に性格が変わっただけでは?と思うだろう。
だが、僕はある仮説を立て、考えていた。
リタには影武者がいたのだと。
わがままで気分屋なリタには苦手なことややりたくないことも多いはずだ。
そんなやりたくないことや苦手なことを押し付け、完璧にこなす優秀な影武者をルードヴィング伯爵は娘の為に用意していたのではないか。
だから僕の愛したリタには二面性があった。
わがままで自分勝手なリタと聡明で努力家なリタ。
時と場合によって変わるリタに僕はまるで2人のリタに会っている感覚でいたが、それはあながち間違っていなかったのだ。
その優秀な影武者、僕の愛した本物のリタが何かの理由で姿を消してしまった。
もし、この仮説が本当ならば、今までのこと全てに説明が付き、自然だ。
「話は終わりだね。ピエール。一刻の猶予も許されない、早く行って」
「はい。それでは失礼します」
僕に早くこの場から離れるように急かされて、ピエールが素早くこの場から離れる。
それから僕は本物のリタの捜索を一旦中止し、ホテルに戻ると、隊長やピエールたちとリタの捜索について改めて話し合った。
そしてその捜索にはリタだけではなく、ステラも含められることになった。
「ステラの姿もないんだね…」
「はい」
向かい側のソファに座る隊長に視線を向けると、隊長は深刻そうな表情で頷く。
隊長の横に座っているピエールも同じような顔をしていた。
ステラはおそらく吐血をしている。
最後に扉越しにステラの声を聞いた時、確かにステラが血を吐く音を僕は聞いていた。その後、さらに血の匂いがしたので、僕はステラの制止を聞かずにあの時、扉を開けたのだ。
だが、そこにはステラはおらず、代わりに血塗れのリタが立っていた。
ふと、そこまで考えて、あの時のリタのことをよく思い出してみる。
彼女の口からも血が流れており、まるでステラと同じように吐血した後のようだった。
それに彼女が着ていた服は、ステラとはサイズが違ったので、ぱっと見はわからなかったが、あれはステラが着ていたワンピースと同じだったのではないだろうか。
リタとステラは確実に鉢合わせている。
そこから2人がどんなやり取りをし、どうなったのか僕にはわからない。
ステラは最初から何故かここから離れたがっていたので、もしかしたら僕が部屋に入ってきたタイミングでどこかに隠れ、そのままリタの混乱に乗じて逃げた可能性だってある。
それでも何故か僕は2人の関係を疑わずにはいられなかった。
「ステラの部屋に血があっただろう?あれは採取した?」
「はい。何かに繋がる可能性があったので念の為に採取しております」
「さすが。有能だね、ピエール。それを調べて。できるだけ早く」
「わかりました」
僕の問いかけに簡潔に僕の望んだ答えを返すピエールに僕は満足して笑みを深める。
まだ僕の手の中には手がかりがある。
あの部屋にあった血はおそらくステラとリタ、両方のものだ。時間はかかるが魔法を使えば、2人の血を分け、分析することもできるだろう。
それができれば2人の関係性も見えてくる。
「やらなければならないことは山積みだけど最優先すべきことはステラの保護だ。人手は多い方がいいだろうからフランドルにも連絡を入れよう」
僕はピエールたちにそう言うと、いつものように余裕のある笑顔を作り、浮かべた。
まずはステラを保護するべきだ。
あの状態のステラを1人にしておく訳にはいかない。
ステラを保護する為なら持てる力全てを使おう。