22.クラーク邸内の捜索
「いいか、ステラ。クラーク邸では1人で行動せず、ジャンと共に行動するように」
「はい」
公爵邸の馬車の中で向き合うように座るフランドル公爵が、冷たい表情のまま念を押すようにそう言う。
私はそんな公爵に真剣な表情で頷いた。
この馬車は今、行方不明のユリウスの情報を少しでも掴む為に、クラーク邸へと向かっている。この馬車に乗っているのは私と公爵だけだが、クラーク邸へと向かっているのは私たちだけではない。
フランドル公爵邸の騎士たちも数十名ほど騎士専用の馬車や馬で一緒にクラーク邸へと向かっていた。
私の目の前でユリウスによく似た冷たい表情を浮かべている公爵を盗み見る。
私は先ほどまでそこにいる公爵によって、クラーク邸内捜索への同行を反対され、許されていなかった。
ユリウスに何かあったかもしれない場所を捜索する為、私にもその何かがあってはならないと懸念してのことだった。
だが、私はどうしても公爵たちに同行したかった。
理由は私だけがユリウスの行方不明にアリスが関係していると考えているからだ。
他の者はユリウスがクラーク邸に行って以降帰って来ない、という情報しか知らない。
私だけがもしかしたら1人だけ真相に近いのかもしれないのだ。そんな私が捜索に同行できないとなれば、きっとユリウス発見も遅れてしまうだろう。
だから私は何度も何度も公爵に頭を下げてお願いをし続けた。
最初こそ、公爵はそんな私の願いなど聞き入れようともせず、突っぱねていた。
だが、あまりにも私が食い下がるので最後には公爵の方が折れ、同行を許してくれた。
そのお陰で私は今、ここにいる。
ほんの数十分前のことを思い浮かべながらも、私は何となく窓の外を眺めた。
窓の外には緑豊かな町とその町の向こうにある公爵邸と比べれば質素だか、趣のある屋敷の姿が見える。
あの趣のある屋敷こそがクラーク邸だ。
そこから数分で馬車は止まり、私たちはやっとクラーク邸に到着した。
「到着いたしました。どうぞ」
使用人が外から馬車の扉を開け、公爵、私の順で馬車から降りる。
馬車から降りると、目の前には先ほど遠くから見たクラーク邸があり、さらにその前には数十名のフランドルの騎士たちが公爵の指示を待つように立っていた。
「全員揃っているな」
公爵がそんな騎士たちの様子を確認するように全体に視線を向ける。
「それではこれよりクラーク邸内の捜索を開始する。少しでもユリウスへ繋がる情報を探し出すんだ」
「「はっ」」
そして公爵の合図により、ここへ来た騎士たちが散り散りにクラーク邸内へと入っていった。
「それでは我々も参りますか」
「ああ。よろしく頼む、ハリー卿」
「お任せください」
騎士たちが移動した後、ハリーと公爵も難しい顔でクラーク邸内へと入っていく。
「ステラ様、我々も参りましょう」
「うん」
私もジャンに声をかけられて、クラーク邸内へと足を進めた。
…さてこれからどうしようかな。
一緒に歩くジャンをチラリと見て、私は1人思案する。
正直1人で行動した方がいろいろと都合がいい。
ジャンが側にいることによって私はきっと自由に動けないだろう。
そうなれば、全くユリウスを探す力になれない。何の為に無理を言ってついて来たのかわからない状態になってしまう。
「それではまず、この部屋から確認をしましょう」
「わかった。私、こっち見るね」
ジャンに指示されて早速一つ目の部屋にジャンと共に入る。
私はとりあえずジャンや騎士たちと一緒にユリウスの痕跡を探し始めることにした。
*****
「ジャン!そっちは調べたぞ!」
しばらくクラーク邸内の捜索を続けていると、フランドルの騎士の1人がジャンにそう声をかけてきた。
「そうか。何かわかったか?」
「いいや。何もわからずだ」
「ならもう一度調べてみよう。念には念を入れて、だ」
騎士とジャンが真剣な表情で話している様子を私は横目で確認する。
ジャンから離れるなら今だ。
そう思った私はゆっくりジャンから距離を取り始め、ある程度離れると、バレないように近くにあった部屋に入った。
そのまま状況を把握する為に、扉に耳を当て、外の音を聞く態勢に入る。
あとはジャンが私がいないことに気がついて、ここから離れれば完璧だ。
「それではステラ様…ステラ様?」
扉の向こうから異変に気づき、焦っている様子のジャンの声が聞こえる。
「ステラ様!どこに行かれたのですか!?ステラ様!」
そしてジャンは焦った様子のまま、私の思惑通りに私を探しにその場から離れていった。
よし。作戦成功だ。
外の状況を確認できたので、私はさっさと扉から離れて、とりあえず入ってみたこの部屋の物色を始める。
まずそんな私の目に入ってきたのは大きなハンガーラックだった。
そこには綺麗にクリーニングされているメイド服が所狭しとかけられており、それだけでここがメイドのクローゼットルームなのだとわかる。
私はそのままハンガーラックの元へ行き、自分のサイズに合いそうなメイド服を一着手に取った。
今の格好のままウロウロしても、ただ目立つだけで、あまり有力な情報は得られない可能性がある。
きっと毎日ここで働く使用人たちにしか気づけない小さな変化などがユリウスの行方に繋がるはずだ。
その情報を得る為にも、私自身も使用人の格好をしていた方がいいだろう。
私はそう考えると、今着ている上等なワンピースを脱ぎ捨てて、メイド服にすぐに袖を通した。
そして数分後、きちんと身なりを整えた私はこの部屋を後にした。
情報収集開始だ。
*****
しばらくメイドのフリをして歩きながら、使用人たちの話に耳を傾けていると、早速ある現場に遭遇した。
「これとこれとあとこれくらいでいいかな?」
「服は白を持ってくるように言われていたわよ」
とある部屋で2人のメイドが何かを確認し合っているところを見つけたのだ。
私は彼女たちにバレないように扉の外からそっと中の様子を確認していた。
机の上に置かれている大きなカゴにはフルーツやパンがぎっしりと詰められている。
さらにもう一つのカゴには今、まさにメイドたちが男性ものの服を丁寧に入れているところだった。
「あ、このピアスも欲しいって言っていたわ」
「金のピアスよね。これ、すごく高価なものよ?アリス様、最近何故か急に男性用の生活必需品を求められるようになったし、ご飯もアリス様が食べるにしては多すぎる量をご希望されるし、もしかしてアリス様、男の人でもこっそり匿っているのかしら」
「そうなんじゃない?アリス様、欲しいものは何でも自分の手の内に入れておきたいタイプだし。とんでもないイケメンを囲っていたりして!」
「あれかしら。街で倒れていた訳ありのイケメンを助けて、彼を守る為にこっそり匿っているの」
「きゃー!そこから2人のラブロマンスが始まるのね!」
噂話を楽しむように話続けるメイドたちの言葉に心の中がざわつき出す。
アリスが男性用の生活必需品を求めており、誰かを匿っている気配がする、とメイドたちは言っていた。
その匿っている男がもしかしたらユリウスなのではないかと思ってしまう。
もしそうなのだとしたらユリウスは今、アリスに監禁されているということになる。
「さあ、ここからはこの話はおしまいよ。アリス様から誰にも悟られるな、て言われているからね」
「そうね」
メイドたちがそう言いながらもこちらに近づいてくる。
私はメイドたちに見つからないようにその辺にある物陰に隠れ、メイドたちが移動し始めるとメイドたちにバレないように後を追った。
*****
メイドたちはその大きなカゴをアリスに渡すとアリスの側から離れた。
そしてアリスはその大きなカゴを持ってある扉の前に辿り着いていた。
「…」
私はアリスの死角になる場所でそんなアリスの行動を1人固唾を飲んで見守る。
きっとアリスが行く先には誰かがいる。
おそらくその誰かとはユリウスである可能性が高い。
アリスは私に見られているとはもちろん知らずに、胸元から紐で繋がれた鍵を出すと、そのままその鍵を扉に差し、扉を開けて部屋の中へと入っていった。
あの扉の向こうにユリウスがいるかもしれない。
私は急いでアリスが入っていた扉へと向かい、ドアノブに手を伸ばす。
そしてそのまま開けようとドアノブを回すが、もう扉は施錠されており、外から開けることはできなかった。
まさかこんなにもすぐに施錠するとは。
アリスはよっぽど用心深く、またこの部屋に誰も入れさせたくないらしい。
「そこで何をしているのですか?」
まさに今、扉に手をかけている私にクラーク邸のメイドが不思議そうにそう声をかける。
「…ア、アリス様のご命令でここへ来たのですが、扉が開かずに困っておりました」
私はそんなメイドに咄嗟にそれっぽい嘘を困った顔でついた。
お願い、何も悟らないで。
「貴女見ない顔ですね?新人さん?」
「…はい」
疑うような、真偽を確かめるようなメイドの視線が私に刺さる。
「そう…。ここはアリス様専用の地下室ですよ。ここにはこだわりの強いアリス様のコレクションの数々が保管され、飾られているんです。ここにはアリス様以外の者は立ち入ることさえ許されていないのですよ。ですから、ここへ来るように命じられた時はこの扉の前で待機せねばなりません」
しかしメイドの瞳からはすぐに疑念がなくなり、丁寧にこの扉の先について説明してくれた。
「…わかりました。教えていただきありがとうございます」
「いえ、また何かわからないことがあったら言ってくださいね」
そんなメイドに私は感謝の気持ちを伝え、頭を下げる。
するとメイドは私に優しく笑い、その場を離れた。
メイドの姿が見えなくなったことを確認し、私も足早にその場から離れる。
あの部屋にはアリスしか入れない。
それならばおそらく鍵もアリスしか持っていないのだろう。あの部屋に入るには扉を壊すしか方法がない。
誰かフランドルの者に会って剣を借りなければ。
私は最初こそ、早歩きでこのクラーク邸内を移動していたが、次第に焦りと共にその足の動きは速くなり、最後には必死になってクラーク邸内を走っていた。