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17.寝過ぎた朝に皇太子





「…ス」




遠くの方から誰かの声が聞こえる。




「…テラ」




聞き覚えのある誰かの声。

その声が何か言っている。




「…ステラ」




私の名前を呼んでいる。




「…んん」




そこまで認識して私はやっと自身の重たい瞼を開けた。




「…ステラ、やっと起きた」




天使が窓から差す光を浴びてこちらに微笑んでいる。

キラキラと輝く色素の薄い金髪は何よりも美しく、私を優しく見つめるルビー色の瞳はまるで本物の宝石のような輝きを放っていた。


ここは天国なのかな。


ぼーっとそんなことを思っていると天使はおかしそうにクスクスと笑い始めた。




「ステラぁ?まだ寝ぼけているのかな?そろそろ起きようね」


「…」




私はそんな天使をじっと見つめる。

美しい顔に金の髪にルビー色の瞳。


ロイっ!




「…っ!!!!」




やっと頭が覚醒した私は勢いよくその場から体を起こした。

ななな、何故ここにロイが!?

それより私はいつの間に寝てしまったの!?

どのくらい寝てしまったの!?




「おはよう、ステラ。昨晩はよく寝れたみたいだね」


「…お、おはようございます、ロイ様」




にっこりと優しく私に微笑むロイに私は何とかロイと同じように笑う。

だがきっと上手く笑えていない。

起きて急にスイッチを入れるのはさすがに無理だ。




「少し遅めだけど朝食にしよう。もう準備はできているよ。ステラも顔を洗っておいで」




ベッドに座り続けている私の腕をロイが引いてこの部屋の洗面台までエスコートする。

そして私はロイに何故か見守られながら顔を洗い、そのまままたエスコートされて、ロイと一緒に大きなソファへと腰を下ろした。


私とロイが腰掛けるソファの前に置かれているテーブルには朝から食べやすそうなフルーツやサラダを始め、他にも肉料理や魚料理など様々なものが並べられている。

私はその中からとりあえず目に入ったりんごを口に入れた。




「…私、昨日の記憶が全くないんですが」




先ほど口に入れたりんごを咀嚼して飲み込んだ後、ロイに疑念の視線を向ける。


昨日は慣れないことばかりですごく疲れてしまい、突然寝てしまった…とも考えられるが、あの意識の失い方は全然自然ではない。まるで薬を盛られたかのように強制的に眠らされた感覚だった。

もし薬を盛られたのならばその犯人は十中八九今私の横で私と同じく朝食を食べているこの男だろう。




「そうだろうね。昨日のステラはあっという間に寝ていたからね。きっと昨日はいろいろなことがあって疲れていたんだよ」


「…そうですか」




労うように私を見るロイに私は表向きだけにこやかに笑う。だがしかし内心では疑念の視線をロイに向け続けていた。


全くロイの言葉は信用ならない。

だからといってロイが私に本当のことを言うとは思えない。

そう判断した私はロイから真実を聞き出すことをさっさと諦めた。




「ところで何でロイ様がここにいるんですか。しかも何でここで朝食まで食べているんですか」




私は朝食を食べながら次の疑問をロイにぶつける。

するとロイは優雅に堪能していたサラダを食べる手を一旦止め、私を優しく見つめた。




「まず一つ訂正しよう。これは君にとっては遅めの朝食だけど僕にとっては早めの昼食だよ」


「え」




優しく私を見つめているように見えるロイだが、よく見るとその目はどこかおかしそうに私を見ている。

私はロイの訂正に思考が一時停止した。


…えーっとつまり?

つまり?えっと?




「今は一体何時なのですか…」




ギギギっと首をぎこちなくロイの方へ向け、やっと動き出した頭で私は何とかロイにそう質問する。

嫌な予感しかしない。




「何時だと思う?」


「…」




そんな私をロイは面白そうに目を細めて見た。


本当に意地の悪い男だ。

状況をきちんと把握できず、軽くパニックになっている私をこの男は焦らして楽しんでいるのだ。それがひしひしと伝わり腹が立って仕方がない。


我慢ならずに無言でロイを睨めば「ごめんごめん」とロイは愉快そうに笑った。

もちろん言葉だけの謝罪で全く反省の気持ちなどない。




「今は午前11時くらいじゃないかな?」


「じゅ…」




11時!?


にこやかなロイからの衝撃の発言に私はそれだけ言ってまた固まる。


待って待って待って。


夕食会が始まるのは19時からだ。

現在の時刻は11時らしいので、つまり夕食会までもう8時間しかないということになる。

構成や演出など舞に必要な項目は一通り決まっているが、肝心な舞の練習は昨日ロイに邪魔されてしまったのでできてない。




「じゅ…」


「あはは、そんなに何度も〝じゅ〟とだけ言ってどうしたの?」




放心状態の私を見ながらロイが珍しく腹を抱えて笑っている。

その美しいルビーの瞳には笑いすぎて薄っすらと涙まで浮かんでいた。


こ、こいつのせいでこうなっているのに!




「な、何、笑っているんですか!笑えないですよ!私はまだ練習を一つもしていないんです!」




笑い続けるロイに私はついにその場から立ち上がり、怒鳴ってしまった。

やらかしてしまったが、やらかしてしまったものは仕方ない。

この帝国の皇太子だとかもう知らない精神でいこう。

腹が立つものは腹が立つのだ。




「まあ、落ち着いて。ステラ。ほら座って」




かなり怒っている様子の私をロイは何故か愛らしいものでも見るような目で見て、もう一度その場に座らせた。

それからまた何故か「ほら、ステラの好きな苺だよ」と私の口元にとても美味しそうな苺を運んできた。




「…」




私はそれをロイからは食べずに、無言で強奪して自分で自分の口へ放り込んだ。


…美味しい。これがロイが言っていた宮殿のために作られた苺なのだろうか。




「僕はもう今日の仕事を一通り終えているんだ。だからこれから夕食会までステラの練習に付き合えるよ」


「…」




にっこりと美しく笑うロイを苺を食べながらじーっと見つめる。

…1人で練習するよりきっとロイと一緒に練習した方が少しでも完璧な舞に近づけるだろう。

全ての原因であるこの愉快犯の力を借りるのは癪だが、今夜の成功の為には仕方ない。




「…よろしくお願いします」




私は甘酸っぱい苺を飲み込んだ後、不本意だが、何とか笑顔を浮かべてロイに深々と頭を下げた。






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