15.皇帝からの強制招待状
sideステラ
「ステラに皇帝陛下から直々に招待状が届いた」
「…っ!」
いつものようにフランドル公爵一家と夕食を食べているとフランドル公爵が淡々とそんなこと言ってきたので私の口からサラダが吹き出そうになった。
今、何て言いました?
皇帝陛下から直々に招待状が届いたと聞こえましたが?
「あらあらー。いつの間に陛下はステラをお知りになったのかしら?まだご紹介はしていないはずだけど?」
フランドル公爵の横で呑気にそんなことを言っているのはフランドル夫人だ。
美しい所作でスープに口をつけながら不思議そうにしている。
「内容は我がフランドルに所属する多才で優秀な踊り子ステラを宮殿に招待する、というものだった」
「…踊り子?ステラがですか?」
「ああ」
公爵が伝えた招待状の内容にユリウスが怪訝な顔をする。
私は思い当たる節しかなく、心の中で頭を抱えた。
絶対にロイだ。
私のことを踊り子だと勘違いしている人なんてロイしかいない。
何故かあんなにも私を宮殿へ呼ぼうとしていたが、まさか皇帝陛下まで使って強制ご招待しようとするとは。
「滞在期間は3日。急だが、明後日からだそうだ」
「3日?」
公爵の言葉にユリウスの機嫌がますます悪くなる。
「何故、そんなにも長い時間ステラを宮殿に行かせなければならないのですか。せめて1日、顔を見せる程度でいいでしょう」
ユリウスはそう言うとじっと公爵を見て公爵の次の言葉を待った。
見ているだけだろうがその視線は側から見ると睨んでいるようにも見える。
今のユリウスはいつもの冷たい顔にさらに怒りが加わり、迫力が増していた。
美人が怒ると怖いとはよく聞くが、ここまで怖いとは。
ユリウスが何故そんなにも怒っているのかわからなかったが、私はユリウスを心の中で精一杯応援していた。
頑張れ、ユリウス。負けるな、ユリウス。
絶対宮殿になんか行きたくない。
宮殿に行ったら100%リタに会ってしまう。最悪バレて殺される。
「ユリウスの言いたいこともわかる。だが、皇帝陛下直々のご命令だ。何故かわからないが陛下はステラにご興味を示されているようだ」
「…ですか、そこをフランドルの力でどうにか」
「無理だ。陛下のご命令は絶対だ。それはユリウスもわかっているだろう」
「…」
フランドル公爵一家の男たちが難しい顔で陛下の招待状について話し合っている。
だが、その横で夫人は何ともマイペースなものだった。
「ステラが陛下にお呼ばれしたってことは可愛いお洋服を用意しないとね。踊り子ってことは踊り子の衣装もいるかしら?明後日ではオーダーメイドは無理でしょうから、明日早急にブティックへ行きましょう。フランドルご用達のブティックよ。きっとステラに似合う一着が見つかるはずだわ」
私の前でにこにこと笑っている夫人に私は苦笑いを浮かべる。
ユリウスの冷たさと顔は公爵譲りだが、天然さはきっと夫人譲りだろう。
こうして私はユリウスの抵抗虚しく、強制的に宮殿に招待されることになってしまった。
*****
「ほう、そなたがロイの言っていた多才で優秀な踊り子か」
陛下が興味深そうに私を見て笑う。
皇帝陛下からの強制招待状を受け取った3日後。
私は朝から陛下の執務室で陛下に1人で頭を下げていた。
ちなみにここまではユリウスと共に来ていた。
ユリウスも騎士団の騎士として宮殿での仕事があったからだ。
「…ステラと申します。大変申し上げにくいのですが、私は踊り子ではございません」
陛下に自身の名前を伝えた後、私は早速困った顔で訂正しなければならないことを訂正した。
さすがに陛下の前で嘘はつけない。
「ん?そうなのか?ロイから聞いていた話とは違うな」
陛下はそんな私の言葉を聞くとそのロイと同じルビーの色の瞳を大きく見開いた。
陛下の瞳は皇族の証であるルビーの色をしており、髪はロイと同じ金色だ。陛下の見た目はロイが歳を取ればこうなるのだろうと思える見た目だった。
「え?でもステラはフランドル公爵家の踊り子だよね?違うのかい?」
何故か陛下の横にいたロイも陛下と同じように驚いた様子でこちらを見る。
「…」
私は陛下にもロイにもにこやかに微笑んでいたが、心の中ではそんなロイを不審なものでも見るような目で見ていた。
何故、この男がここにいるのだ。
「…違います。ロイ様がそう思っていただけです」
「うーん。そうだったんだね。知らなかったな」
気まずそうに微笑む私にロイがにっこりと笑う。
そして「友だちなのにまだまだ知らないことがいっぱいあるみたいだね」とどこか意味深に笑っていた。
お願いです。私を探らないでください。ボロが出そうです。
「ですが、父上、彼女が多才で優秀な踊り子であることは間違いないです。僕はこの目でフランドル公爵邸の花畑で舞う妖精のような彼女を目撃しております」
「ふむ」
「ですから予定通りことを進めてよいかと」
「そうだな。ロイが言うなら間違いないだろう」
内心ずっとドキドキしている私なんてお構いなしに陛下とロイが何かの話を勝手に進めている。
その話は抽象的で何の話をしているのかこちらからは全くわからなかった。
「ステラ」
やっと陛下がロイから私へ視線を向ける。
「実は明日、私と皇后、ロイを含めた3人の皇子、それからロイの婚約者リタ嬢で夕食を共にするのだが、そこでぜひ、舞を披露してくれないか」
「…え」
陛下は今、何て言った?
舞を披露する?皇族一家の前で?
しかもリタまで参加するの?
「…も、申し訳ございません。先ほども申しましたが、私は踊り子ではないのです。そんな何でもない私が皇族の皆様の前で舞を披露するなどとても…」
「何を言う。確かにそなたは踊り子ではないのかもしれないが、どうやら才能があるようだ。その才能を披露しないとはもったいないではないか」
「ですが、いくら才能があると言いましても素人の舞など見ても常に一流のものに触れられている皇族の皆様にとっては物足りないかと…」
「例え荒削りであろうとそれがダイヤモンドなら輝きを放つものよ。ロイの目は確かでな。その輝きとやらを見てみたいのだ。どうか頼まれてくれないか」
「…」
何とか笑顔でやんわりとお断りをしようと私だが、それを笑顔の陛下が全く許さない。
強い圧を感じる訳ではないが、上手いこと言いくるめられ、私はついに何も言えなくなった。
この皇帝陛下はいつもこうなのだ。
絶対的な立場でありながら下の者に無理強いをすることのない慈悲深さをみせる…とみせかけて、断れない状況に追い込む。
無駄な争いはしない、効率よく動くタイプだ。まさにロイの親なのだ。
リタの代役時に散々関わってきたのでわかる。
これはもう無理なんだと。
「…力不足ではございますが、私なりに一生懸命やりたいと思います」
「おお、そうかそうか。ありがとう。楽しみにしているぞ」
内心では冷や汗ダラダラだが、何とか表向きの笑顔を作って陛下に微笑むと陛下は嬉しそうにルビーの瞳を細めた。
「…ところでステラ」
「はい」
「そなたは貴族出身ではないのか?」
「はい。貴族出身ではございません」
「そうか」
私の返事を聞いて陛下が1人何かを考え始める。
リタの代役の時に身についた貴族の所作が板につきすぎたのだろうか。
今の私は普通の子どもにしては違和感のある所作だったのかもしれない。
そう思いながら陛下の次の言葉を待っていると陛下はやっと口を開いた。
「いや、すまんな。どこかステラから懐かしさを感じてな。貴族出身なら会ったこともあるとも思ったが、そうではないようだな」
「…」
はは、明るく笑う陛下に背筋が凍る。
まさか直感で私がリタの代役だと感じているのではないのか。もしそうならば陛下の鋭さが怖すぎる。
「会いたかった、と思えてしまった。おかしな話だな」
ふわりと笑う陛下に私は完全に固まった。
この陛下、怖すぎる。
そんな私に気づいていないのか陛下は「ロイがそなたを気に入るのも頷ける」とただただ笑って納得していた。
ロイの鋭さも凄いが、やはり親である陛下の鋭さも凄すぎる。
怖い親子だ。