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わたしの大切なおとうと  作者: 杏樹まじゅ
【第七章.希望】
78/85

【七十八.わたしのいのち】

作:杏樹まじゅ

絵:越乃かん

「わかりますかー。わかりますかー」


 今が何年か、もう分からない。今が何日か、もう分からない。今が何時か、もう分からない。わたし、何歳だったのか、もう分からない。


 朝日が眩しく、八王子の山奥の沢に差し込む。わたしの悪夢を消し去るように。打ち払うように。


 崖の途中に引っかかった車を発見した地元の人からの通報を受けた、救急隊員のひとが覗き込む。けれどわたしはフロントガラスを突き破って入ってきた枝が腹部から右脇腹にかけて斜めに貫通していて、もう動くことができない。思いっきりスカートがめくれ上がってて、下着が見えて恥ずかしいったらない。お願い、あんまり見ないでね。


 あ、あとね。ごめんなさいね。


「わかりますかー……」


 ごめんなさいね。

 少し前まで、心臓は動いていたの。


「呼吸の確認……呼吸なし」


 ごめんなさいね。

 少し前まで、息も出来ていたの。


「脈の確認……脈なし」


 ごめんなさいね。

 血が止まらなくて、肺に溜まった自分の血に溺れて。


「要救助者の心肺停止を確認」


 ごめんなさいね。

 わたしついさっき……


 死んでしまったの。


 ……


 くるまは、こうせいさんを時速四十五キロで跳ねた。

 こうせいさんは弾き飛ばされた先にあったバス停に顔から突っ込んで、頚椎を粉砕して、即死した。

 わたしと、かいちゃんと、かおりさんの死体を乗せたくるまは、そのまま十四メートル下の小さな沢に向かって飛んだ。

 途中で、崖に生えていた割と大きい桜の木に、くるまの助手席側が直撃し、止まった。運転席側は奇跡的にあまり損傷しなかったけれど、その時に、枝分かれした桜の直径十センチくらいの太い枝がフロントガラスを突き破って、そのままわたしの右脇腹を貫いた。わたしの肝臓は一瞬で破裂して、脾臓を引き裂かれて、肋骨を二本折られて、大腸を傷つけられて、お腹の中で大量に出血した。


 でも幸いだった。


 心臓は無傷だった。残された血と酸素で動くには、十分な時間が残された。


 でも幸いだった。


 枝はわたしを貫いた弾みでぽきんと折れ、運転席のシートで止まり、奇跡的に後部座席のかいちゃんまでは届かなかった。


 だから。


 かおりさんはすでに死後時間が経過しており、身体に硬直や紫斑が見られたため、蘇生の見込みがないと判断された。わたしは、桜の枝が突き刺さっていて後ろ側からの救出を断念し、開かなくなった運転席のドアを破壊して車内から運び出された。


 でも幸いだった。


 かいちゃんは運転席側の後部座席にいたため、奇跡的に無事だった。


 だから。


 ……


「うえーん、うえーん」

「……だいじょうぶだよ、かいちゃん……」

「うえーん、うえーん」

「……おねえちゃん、ずっと……いっしょだから」

「うえーん、うえーん」

「だからなかないで。おねえちゃんが、まもるからね……」

「うえーん、うえーん」

「……まもるからね……まもるから……」

「うえーん、うえーん」

「……ね……」

「うえーん、うえーん」

「……」


「うえーん、うえーん」


 ……


「要救助者を確認。意識のある男児一名、及び心肺停止の女性二名。これより三名の救出を開始する」

「えーん。うえーん」

「ほら、おいで。もう大丈夫、もう大丈夫だよ」


 わたしの大切なおとうとは。


 救急隊員に抱えられ。

 薄暗いくるまの、わたしの毎日見る悪夢の中から、明るい太陽の下へ。


 ……還っていった。

挿絵(By みてみん)

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