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わたしの大切なおとうと  作者: 杏樹まじゅ
【第六章.迷子のいのち】
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【六十.なぎさの家族・四】

作:アンジュ・まじゅ

絵:越乃かん

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 お皿を割ったお母さんはそれから、どこかへ出かけた。しばらくぼーっと過ごしてみた。けれどお母さんは、何時間も帰らなかった。

 でもわたしは、構わなかった。うるさいお小言を聞くより、大きくなったお腹をさすっていた方が、ずっとずっと幸せだった。


 とん。


 あ、今、おなかを蹴った。もうすぐね、もうすぐ会えるんだね、かいちゃん。やっと、帰ってきてくれるんだね。勘違いだって、気づいてくれたんだね。お姉ちゃんの想いが通じたんだね。

 わたしは幸せで涙を零した。すると、お腹の中から声がした。


「おねえちゃん」

「なあに?」

「見せたいものがあるんだけど」

「いいよ」

「立てる?」

「もちろんよ、かいちゃんの為なら」

「それじゃあ、行こっか」


 よいしょっと。妊婦さんのお腹がこんなに重たいだなんて。かいちゃんが来てくれる前は、想像もつかなかった。ローファー履いて、気がつく。

 ……そうだ、もっと歩きやすい靴を買おう。転んで、かいちゃんに何かあったら大変だもの。


 わたしはかいちゃんの家を後にした。

 あ、鍵もらってなかった。……まあ、いっか。


 ……


 夜の、小平の幹線道路。

 サラリーマン。お年寄り。子ども。同い年くらいの子。たくさんのひとが通り過ぎた。すれ違う時、みんながわたしを振り返った。

 太ってるんじゃ、ない。明らかに痩せ型なのに、胸とお腹だけ、はち切れそうに出ている。どう見ても、妊婦だ。それが、高校生の制服を着て、歩いている。男のひとも女のひとも、お年寄りも子供も、みんな見てくる。ふたり以上いると、ひそひそ声まで聞こえてくる。


「みなさーん。わたし、世界で一番大切なおとうとを、身ごもってるんです。わたし、しあわせです! しあわせなんでーす! あっははは!」


 あるサラリーマンの群れとすれ違う時、大きな声で叫んでみた。驚いた顔をするひと。わたしの胸を見てるひと。顔をしかめるひと。みんなそれぞれだ。

 でも、わたしは、胸を張った。幸せだったから。


 ……


 武蔵野線の中でも、南武線の中でも、京王線の中でも。

 わたしはかいちゃんに呼びかけて、かいちゃんはそれに応えてくれる。女子高生の服を着たお腹の大きいおんなの子が、ぶつぶつ独り言を言って、優先席に座っている。

 傍から見たら、どれほど異常でも、幸せだったから関係なかった。


 そうして、かいちゃんに導かれるまま、わたしは南大沢の駅で降りた。

挿絵(By みてみん)

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