運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果
アイリスという少女がいる。とある国の公爵令嬢である彼女は、よくある転生悪役令嬢である。
現代日本で普通に生きていた彼女はある日唐突に暴走車の事故に巻き込まれ、そして死後何故かこの世界で目が覚めた。大好きな異世界恋愛の小説「運命の番と恋をする」の世界。獣人の国で繰り広げられる純愛物語の世界だ。彼女は悲しきかな、ヒロインではなく悪役令嬢に転生していた。
「悪役令嬢になったのはアレかもしれないけれど、その分ギルバート様の婚約者になれたから十分に幸せですわっ!」
彼女はベッドの上で自身の身に起きた幸福を純粋に喜ぶ。ずっと大好きだった小説のヒーロー、ギルバートの婚約者になれた彼女は満たされていた。例え運命の番が見つかった時捨てられる運命にあるとしても、それでも幸せだと胸を張って言える。
「わたくし、ギルバート様が運命の番である聖女と出会うまではギルバートに尽くしますわ!それで、その時が来たらさっさと身を引いてギルバート様の幸せを祈りつつ出家しますの」
彼女は悲恋になるのだとしても、愛に生きることに決めていた。
「ギルバート様、ごきげんよう!」
「アイリス、いらっしゃい…あれ?それはなに?僕へのプレゼントだと嬉しいのだけど」
「ごめんなさい、ギルバート様。こちらはギルバート様のお母様に。こちらはギルバート様のお父様に、こちらはギルバート様の弟君にプレゼントですわ」
「そっかぁ…ちょっと妬けちゃうな。なんのプレゼント?」
「死ぬほどの傷を一度だけ肩代わりしてくれる身代わり人形ですわ。ギルバート様には代わりに、わたくしお手製のケーキをご用意しましたの」
ギルバートはアイリスの言葉に目を輝かせる。ギルバートはアイリスの手作りスイーツが大好きだった。
「はい、ギルバート様。どうぞ」
「いただきます!…うーん、最高に美味しいよ。アイリスは天才だね」
「ふふ、大好きなギルバート様の好みは把握済みですもの!喜んでいただけるよう工夫しておりますので!」
「アイリスは本当に僕が好きだね」
幸せそうに笑うギルバートに、アイリスも笑った。
「…アイリス、アイリス!ありがとう、本当にありがとう!」
「…まあ。ギルバート様、どうしましたの?」
「アイリスのくれた身代わり人形のおかげで、両親と弟が不幸な事故から助かったんだ!あれが無ければ僕の家族は…本当にありがとうっ…」
アイリスはギルバートに尽くすと決めた時、ギルバートの不幸は全て防ぐと決めていた。原作崩壊とか関係ない、ギルバートのためならなんだってできる。
「なんだか不思議だな」
「何がですの?」
「アイリスは僕の不幸を先回りして潰してくれるよね?アイリスには未来が見えているの?」
アイリスはぎくりとするが、にっこり笑って誤魔化した。
アイリスはそれでもギルバートの不幸を潰すのをやめない。
周りから段々と不審がられても決してやめなかった。両親の異物を見る目も怖くない。
そんなアイリスに、ギルバートは深く感謝してアイリスを愛した。それはギルバートの家族も同じだ。
原作と違い両親からは愛されない代わりに、ギルバートとその家族から溺愛されるようになった。
「ギルバート様、愛していますわ!」
「僕も愛してるよ、アイリス」
そして頑張った分自分へのご褒美に、子供ならではの距離感の近さで思う存分ギルバートを堪能しまくる。ハグやナデナデなどのスキンシップを楽しみまくった。
結局はギルバートは、挫折を経験することはあれど本来襲い来るはずだった大きな不幸は全てアイリスによって守ってもらうこととなった。
そして時は過ぎ、ギルバートが運命の番である聖女リナリアと出会う日が来た。
アイリスは邪魔をすることなく、その日は屋敷に引きこもった。なので予定通り、ギルバートはリナリアと出会うこととなる。
「…ギルバート様」
「君は…」
「ずっと、貴方と出会えるのを信じて待っておりました」
そのセリフは、原作の出会いそのまま。
リナリアはギルバートの手を取ろうとする。
だが、そこからは原作とは違う展開が待っていた。
「触らないでくれないか。僕は愛する人がいるから、浮気する気は無いんだ」
「…え?あの、匂いでわかるでしょう?私とギルバート様は運命の番です」
「そうだね、わかるよ」
「だったら、浮気はそっちの方です!」
「いや、僕は婚約者を心から愛してるよ。婚約者を愛するのが浮気なんて、おかしな話だ」
リナリアは目を見開く。
「あんな悪役令嬢が愛されてるなんておかしい、そんなはずないっ!ま、まさか転生者?原作改変なんて許せないっ」
「…何言ってるの、君。頭がおかしくなったのかな。まあそれはいいとしても…悪役令嬢って言ったね。よくわからないけれど、悪役って付くなら悪口だよね?それは僕のアイリスに向けた言葉かな」
ギルバートの冷たい空気に、リナリアは目を見張る。
まさか、ここまで惚れ込んでしまっているなんて。
獣人でありながら、運命の番の匂いの誘惑にすら打ち勝つほどに…。
「許せない…あの悪役令嬢、絶対断罪してやる!」
「…!」
「あの目障りな女が消えたら、ギルバート様も運命の番を受け入れられるはずですよねっ!待っててください、ギルバート様!必ず惨めに屈辱的に、絶望の中であの女を消してやりますから!」
リナリアも転生ヒロインだったのだが、今の彼女は冷静ではない。
原作改変への怒りもそうだが、運命の番の匂いに酔って冷静では無くなっていた。
だが、その言葉はアイリスを愛するギルバートに火を付けた。
「へえ、そう」
ギルバートはリナリアを放置して中央教会の中へ入る。
リナリアはアイリスを断罪するために動き出そうとするが、少しだけその場に残ったギルバートの匂いを堪能しようと留まった。
そしてその間に、ギルバートは元々教会に捧げるつもりで持ってきた大量の金貨と引き換えに聖王との面会を要求。
要求は通り、聖王と会ったギルバートは挨拶もそこそこに言った。
「聖王猊下、僕は…我が家は教会に多額の寄付をしてきましたよね」
「ええ、尊いことです」
原作と違い両親を失わなかったギルバートは、落ちぶれることもなく金銭的な余裕があり教会への寄付を欠かさなかった。
獣人の国の中でも一番教会に貢献していると言っていい。
「そんな僕のお願いを一つ聞いてくれませんか?」
「なんでしょう」
「聖女を、中央教会の奥に監禁してほしいのです」
「…は?」
ぽかんとする聖王に、ギルバートはさらさらと嘘をつく。
「実はさっき、聖女に僕は運命の番だと言われたのですが…聖女から運命の番の匂いはしませんでした。なのに聖女は僕の婚約者を、僕と聖女を引き裂く悪役令嬢だと宣いテンセイシャがどうこうと支離滅裂なことを言いました」
「それは…」
「我が国の聖女がご乱心など、露呈してはならない。ですから、聖女は祈りのために奥にこもったという建前で監禁してください。僕は教会を守りたいのです」
ギルバートの真剣な表情に、すっかりと聖王も騙される。
「運命の番の匂いがしないのに、運命の番だという…人の婚約者を悪役令嬢だと罵る…テンセイシャというわけのわからない造語を使う…今までそんな兆候は見られなかったのに、明らかにおかしい。それならばたしかに、乱心したと考えられる…」
「聖女はいるだけで国に加護を与える。逆に言えば、いるだけでいい。大切に扱う必要など本来なら皆無で、逃げられないように監禁していればそれで十分」
「たしかに…」
「どうかご決断を」
聖王は、リナリアを奥に監禁する準備を部下に命じた。
そして、リナリアを呼びつけ二人きりで話をする。
「聖女様、話があります」
「なんでしょう」
「ギルバート様のことですが…」
「そう!そのことです!」
リナリアは身を乗り出して聖王に訴える。
「ギルバート様は私の運命の番なのに、あの悪役令嬢が原作改変なんてしてギルバート様をおかしくしたんです!聖女から運命の番を奪うなんて大罪です、悪役令嬢として断罪すべきです!毒杯を下賜してやりましょう!」
聖王はなにかの間違いで、リナリアが乱心していなければ良いと思っていた。
しかしリナリアの様子を見て乱心したと確信する。
ゲンサクカイヘンという意味のわからない造語を使う、運命の番の匂いがしない相手に執着する、そして毒杯を下賜という過激な言葉。
たしかに、運命の番に出会えた場合婚約者がいても基本相手が身を引くものだ。
けれど、身を引かない相手に毒を盛るなど頭がおかしい。
「…それに関して、ちょっと奥で話しましょうか」
「はい!」
聖王は味方だと勘違いしてリナリアはその手を取り付いていく。
そして、リナリアの長く孤独な監禁生活は始まった。
「アイリス、今日はどうしたの?元気がないね」
「ギルバート様!すみません、少し考え事をしておりましたの」
ギルバートとリナリアの実際のやり取りを知らないアイリスは、自ら潔く身を引こうと考えていた。
しかしその言葉がなかなか口から出てこない。
「…考え事?なにかな。言ってみて」
「その…」
ごくりとつばを飲み込む。
アイリスは、ついに覚悟を決めた。
「ギルバート様は、運命の番と出会われたのですよね」
「どうしてそれを…」
「ですからわたくし、身を引こうと…」
アイリスの覚悟を決めた宣言は、しかしギルバートの手で止められた。
突然ギルバートの大きな手に口を塞がれたアイリスは混乱する。
「???」
「僕は君と婚約解消する気はないよ」
「???」
「たしかに、僕は聖女に運命の番だと言われた。でも聖女から運命の番の匂いはしなかったんだ」
「!?」
さらっと嘘をつくギルバート。
アイリスはどういうことかと理解できない。
「なのに聖女は君を、僕と聖女を引き裂く悪役令嬢だと宣いテンセイシャがどうこうと支離滅裂なことを言った」
テンセイシャ、転生者。
転生ヒロインかと理解して冷や汗をかいたアイリスにギルバートは続ける。
「君を断罪してやるとまで宣ってね、完全なる狂人だったよ」
「!!!」
「そして…これは秘密だよ。僕は乱心した聖女を教会で奥に匿うよう聖王猊下に進言したんだ。だから…乱心した聖女に何を言われたか知らないが、それは真実ではないし聖女にはもう僕らを邪魔できない」
転生ヒロインがよくわからないうちに逆にざまぁされていたらしい。
そして転生ヒロインは何故かギルバートの運命の番では無くなっていた?
よくわからないものの、なんとなく知らないうちに解決したのはわかった。
そして、身を引く必要がないのもアイリスは理解した。
にこり、と微笑むギルバート。
「…ふふ、だからもう身を引くなんて悲しいことは言わないで」
「はい!当然ですわ!ありがとうございます、ギルバート様!安心しましたわっ」
「ふふ、よかった」
こうして運命の番を切り捨ててまでギルバートが選んだ本当の愛は、彼の腕の中で咲き誇る。
ギルバートは安心し過ぎてそのうち泣き始めるアイリスを、優しく優しく宥めて強く抱きしめた。
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
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あと
美しき妖獣の花嫁となった
という連載も掲載しております!
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