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6 告白


 宿屋だった。

 あれからルシアと別れ、二人はいつもの宿屋の部屋にいた。

 ベスは粗末なベッドにちょこんと座っている。


 先に口を開いたのはベスだった。

「あの話が本当ならば、疑問が二つあるのです」

 ベスの視線は鋭かった。

 その表情を見て思う。


 ……もう隠せない。


 言わねばならい時がきた。全部告白するべきだった。

 まずレーダーの能力を使った。周辺に不審な魔力がないかを感知。


 ……大丈夫だ。異変はない。


「一つは水もなくどうやって死の砂漠を超えたのか」

 ルシアは聞かなかったが、それは当然の疑問だ。

「そしてその話に私が出てこなかったこと」

 ベスには戦争で記憶を失っていたところを保護したと説明していた。

「ルシアさんに聞きましたが、基本的にエルフはエルフの里か、王都の付近にいるとのことでした。では私は? エルフはここらの森に落ちているものなのですか?」


「ベス。……いやベルシィス」

「ベルシィス?」

「君の本当の名前。でも発音が苦手でベスって呼んでた」

「ではベスでいいです」

 ベスはうなずく。


「ベスの記憶が失われたのは、俺の能力のせいなんだ」

 ベスは黙っている。

「だから全部話そうと思う」

「はい」


「俺は他の召喚者のようにギフトがないとされた」

「そうなんですか」

「でも、実はあった。そして誰にも言わなかった。その力ってたとえばゲームなんかでもよくあるものなんだけど、本当に存在したら世界が変わるぐらいの力なんだ」


 そう、そのギフトの存在をずっと隠していた。

 それは判明すれば危険すぎる能力。


「それが、これ」

 念じると朝霧の前に黒い棺が音もなく出現した。

 直方体の箱だ。

 棺桶ぐらいの大きさのボックスだった。


「開け」

 朝霧が念じると箱が開く。

 中には皮袋やまとめられた草、今日拾ったオーク材などが入っている。


「この箱はアイテムボックス。この箱に入るものならなんでも入れられる」

 容量は無限ではなく、あくまでこの箱に入るものまで。


「そして重さも感じることもなく運べる」

 この箱に入れて用意していた水は大きな皮袋十個分。一つに三リットルは入るので三十リットル。さらに戦争中の補給物資をちょろまかし、エールなどの樽や食料も入れていた。


「これが俺のギフト」

 本当はギフトではない。

 ギフトの入っていた空っぽの箱だ。

 朝霧はこの箱と一緒にこの異世界に跳んできた。

 そしてこの世界にはこのようなアイテムボックスが存在しないことも確認ずみだ。


「ルシアの話を聞いてただろ。戦争で砂漠に取り残されたのは本当なんだ。でも、この力があったから俺は生き残った」

 水があったから砂漠を横断できた。


「そしてルシアを助けたのも俺なんだ」

 これは懺悔だ。

 逆に言えばルシア以外助けられなかった。


 一緒に戦った傭兵の仲間を見殺しにした。水は無限ではないし、この能力をばらすわけにはいかなかった。

 切り捨てたのは自分なのだ。

 多くの仲間を切り捨てた……。


「俺は反逆者のダークエルフの森で戦争した。そのときエルフたちと接触し、そして石と君を預けられた」


          *


 朝霧は回想する。

 あのとき、朝霧は夜の森の中を歩いていた。

 鈍くとも探知能力があるため見張りをやらされていた。

 そのとき、それに気づいた。


 罠かもしれない。


 そう思ったが、無視できないほどの輝き、情報の集合体だった。

 朝霧は引き寄せられるように森を歩いた。

 この感覚は何だろう。何かがある……。


「動くな」

 声が聞こえた。

 きらりと光ったのは目だった。月明りを反射したエルフの瞳。

 それがいくつもこちらを向いている。

 さらにギラリと光る矢じり。


 ああ、やっぱり罠か……。


「あなたを待っていました」

 目の前に出てきたのは年老いたエルフだった。

 彼の手には青く光る石が握られていた。

 なんだこの莫大な情報体は……。


「あなたは召喚者ですね」

 老エルフが言う。

「はい」

 目の前に敵がいる。だが、朝霧は彼と会話するのが正しいと感じた。

 王国で邪悪な存在と教えられた闇のエルフ。

 だがそんな邪悪さはまったく感じられない。


「あなたはある能力を持っています」

 老エルフは続ける。

「そして誰にも話していません。何故ならそれは強すぎる力でしょうから」

 否定しなかった。

 それはとても危ないものだったからだ。


「その能力を使っていただきたい。そしてあなたに預けたいのです」

「俺の力を知っているんですか?」

「すべてはこの時のため……」

 気づくと、すべてのエルフは朝霧の前にひざまずいていた。


「私たちは百年かけて偽物のラックストーンを作りました。それを王国に引き渡します。本物のほうはあの箱に入れて保管してください。いつか必ず使う日が来ます。その時までこの中で眠らせるのです」

 あの老エルフの言葉だった。


          *


 正八面体の青い石。大きさはゴルフボールほど。

「このラックストーンが何なのか俺はわかってない。すごい魔力を感じるけど、それが何であるのか解析もできないし、俺には大きすぎてわからない」


 王国が回収したのは偽物だ。そして本物は朝霧が持っている。

 この箱から出してはいけないと思った。それほど莫大な魔力を感じる。

 そしてこれが知られたら、朝霧は王国を敵に回すことになる。

 さらにソフィア教徒や裏側の組織などにも。


「綺麗な石ですね」

 ベスは静かに眺めている。

 朝霧がふたを閉めると、箱がすっと消えた。


「ね、こんな感じで便利だろ」

 まだ使い方の全貌は判明していないが、これは朝霧とルシアの命を救ってくれた存在だ。

「そしてもう一つ言うべきことがある」

 朝霧はベスの前に膝をついて、手を握った。


「石と一緒に君も預けられた。そしてこの箱に入れて逃げてくれって」

 きっとベスが記憶を失ったのはそれが理由だ。この箱には生き物を入れてはいけない。

 いや、問題はそこではない。


「俺は君の敵だった」

 ベスを握る朝霧の手が震えた。

 ベスを見ることができない。


「この箱で助かった命もある。でも、多くの仲間を見捨てたし、君の仲間を多く殺した……」

 いつか言わねばならないことだった。

「償わせてほしい。君の記憶を取り戻し、そして君に判断を委ねたい」

 この箱は罪だ。

 もう嫌だった。人が死ぬのはもう見たくない……。


「よかったー」

 顔を上げるとベスと目が合った。


「もしかしたらあなたが変態かと思ってました」

「え?」

「保護するとか言ってエッチなことされるのかと」

「いやいや」

「……という冗談はさておき、同じなんですね。アサギリさんも、いきなりこの世界に来て困ってたんですね」


「アサギリでいいよ」

「アサギリは私と同じです」

「ごめん、ベス」

「謝らないでください。すごい力だと思いますよ。だって、これさえあれば一緒にこの世界で生きていけますから」

 ベスはぎこちなく笑って見せた。


「ほら、いっぱい集めてすごい料理とかもできます。街を移動していろんな食材を集めることだって」

「うん」

「真実を知ったうえで言います。……今の私はあなたと旅をしたい」

 ベスは朝霧を抱きしめてくれた。


「だって一緒に採取した日々は楽しかったから」

 朝霧は誓った。

 必ず彼女の記憶を戻し、彼女の望む判決を……。


「そして私の記憶が戻ったとしてもこれだけは言っておきます。アサギリ、私はあなたを赦します」


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