4 異世界召喚
この世界を支配しているのは人間だ。
そして世界には百年続く戦争があった。
それはエルフとの戦争だった。
ダークエルフが人間に反旗を翻したという。
戦いによって広大な樹海が燃え、エルフの残党たちは南の森へと逃げた。
そして残ったのは死の砂漠……。
「では、この世界でエルフは犯罪者なのですか?」
フードを被ったままのベスが聞く。
その声は今まで今までのベスとは違い、理性を感じさせるものだった。
「あくまで一部のエルフよ。王国ではダークエルフと呼ばれている」
ルシアが答える。ダークエルフというのは反逆者の意味合いで、肌が黒いわけではない。
「ほとんどのエルフは王国では尊敬されている。研究した魔法を後悔するなど国には欠かせない存在で、百年戦争でも人間と一緒に戦ったからね」
「百年も戦い続けてるのですか」
「あなたは百年戦争を知らないの?」
ルシアはすでにベスがエルフだと察しているようだ。
「この子は戦争に巻き込まれたのか記憶がない。だから保護者のいる街に送り届けるところだ」
朝霧はそう説明した。
「そう」
ルシアは小さくうなずく。
「その戦争は終わったわ。この前ね」
多くの犠牲とともに。
「百年も続いていた原因は死の砂漠」
ルシアは指でテーブルに円を描く。
「これが死の砂漠だとすると王都は北。砂漠を挟んだ南にダークエルフが逃げ込んだ森がある。そこは険しい山岳の狭間にあり、攻め込むことは困難だった」
死の砂漠は広大だった。あまりに広いためにダークエルフの防壁となった。
「俺たちのいる場所はここだよ、ベス」
朝霧は円の西側を指さした。
「昔はここが戦争の前線だったみたいだ。名残があるだろ」
「ええ」
「だけどここ十年で戦略が変わったわ。広大な死の砂漠に道路を敷く計画が立てられたの」
戦争で重要な要素は補給線だ。
つまり砂漠にハイウェイを敷いたのだ。ただこの世界には自動車も機関車もない。馬が走る道だ。
そして補給地点となるポイントも設置した。高速道路のサービスエリアのようなものだ。
それによって戦争が大きく動いた。
兵士と物資がピストン輸送され、ダークエルフの残党を追いつめることになる。
「そう。その輸送路と召喚者のおかげで戦争が終わった」
「質問があります」
ベスがルシアを向く。今まで朝霧には何も聞かなかったベスが、なんでいきなり積極的になったのか。
「なんで召喚者が関係するのですか?」
「召喚者は特別なの」
ちらりとルシアが朝霧を見た。
「まずは能力。この世界の人間とは違う特別な力がある」
朝霧以外に与えられた同級生のように。
「そして知識。輸送路の計画だって召喚者が立てたもの」
文明度が違うのだ。それは明確なアドバンテージ。
「でもそれらは些細なこと。一番の特別は、ダークエルフの魔法が召喚者に効かないこと。だから戦闘技能のある召喚者は最前線に送られた」
朝霧のようにだ。
「そしてついに戦争が終わった。王国は目的を達して、ダークエルフはほぼ殲滅された」
ルシアが言葉を止めた。
沈黙が流れ酒場の雑踏だけが聞こえた。
「……そして王国は前線にいたほとんどの兵隊を切り捨てた」
朝霧が口を開いた。
「切り捨てたとは?」
ベスがその言葉に反応した。
「王国の騎士たちは、輸送路と補給ポイントを破壊しながら戻っていった。前線で戦っていた多くの人間は死の砂漠で丸裸同然で放り捨てられたんだ」
物資は焼かれ、道は破壊された。
燃え上がる倉庫を覚えている。
取り残されたのは傭兵や冒険者など数千人。
「戦争が終わったら傭兵なんて用済みってことだ。つまり切り捨てられた」
その切り捨てられた側に朝霧はいた。
「お前たち王国の捨て駒にされた」
朝霧の視線にルシアは目を逸らす。
返答がなかったので席を立とうとすると、服を引っ張られた。
「まだ話は終わってません」
ベスは朝霧を制しながら、ルシアに向く。
「続けてください。なんであなたはアサギリさんに助けられたと?」
ルシアはしばらくして声を絞り出す。
「私も切り捨てられた側だったから」
王国の騎士である彼女も取り残されていた。
このドルフィア王国には十三人の王女がいる。
ルシアはドルフィアの七女、リヴィア・ドルフィアの指揮下の遊撃隊に所属している。
王女たちの権力争いに巻き込まれ、取り残されたのだ。
「情報が伝わっていない騎士たちも多く残されていた。こうなれば派閥など関係なく皆で協力して死の砂漠からの脱出を図るべきだった」
だがそうはならなかった。
協調するには物資が少なすぎた。
まず始まったのは少ない水をめぐっての争いだった。
朝霧の少ない食料と水は奪われた。
というより手放したのだ。手放さなければ殺されていた。
「物資をめぐって多くの死者が出たわ。本来ならば私たち騎士がまとめねばいけなかった。でも混乱はあまりに大きすぎた」
まず戦いに勝ち、馬や少ない物資をかき集めた集団は、破壊された道路沿いに北へと戻っていった。
物資を持たず、そのあとをついていく者もいた。
「徒歩で死の砂漠を北側に抜けるには十日以上かかる。途中の補給ポイントが潰されていたら、確実に死ぬ」
次に動いたのは傭兵たちだった。
ダークエルフのいる森。
その森の中には、王国の協力者のエルフの集落もあった。
そこを襲い略奪しようとの計画だ。
「長い間、王国に協力してきたエルフの集落は略奪され蹂躙されたわ。多くの孤児も出たという……」
ルシアがちらりとベスを見た。
「いくつかの選択があった。東側にも砂漠の集落があり、そこを略奪してから森に抜けようという集団」
少ない物資を略奪したところで死の砂漠を抜けられる可能性は低い。
「少し早く動いた冒険者たちは、残った水を見つけ出して、亜人たちに運ばせ西に逃げたわ」
「それでルシアさんは?」
「なにもしなかった」
ルシアは呆然と泣いていた。
騎士としての名誉と誇りを打ち砕かれてただ泣いていた。
「そして彼に謝った」
ルシアが朝霧を見る。
「なんでアサギリさんに?」
「こいつは俺の訓練指導してたんだよ。王国のためになんて言って殴られ特訓された。これは名誉ある戦いだってさ。そして戦争が終われば自由を約束すると」
召喚者の中で戦闘技能があり、あまり役に立たない数人はルシアの指導を受けたのだ。
その中に朝霧はいた。
基本的に召喚者は十二人の王女に振り分けられ、所属が決まる。
朝霧は一応ながら七女のリヴィア・ドルフィアの所属だ。
――私たちは勇者様との誓いを守り、迷い人を保護します。そしてこの国の憂いを取り除いてくれることを期待しております。
それは女王様のお言葉。
そしてその王女の横にいるドルフィアの王女たち。
なんて優雅にほほ笑むのだろうと思った。
これが王室の微笑。
その中で一人だけ冷たい顔をしている女性がいたのを覚えている。
ドルフィアのエメラルドの王女、リヴィア・ドルフィア。
彼女が召喚者に向ける冷たい視線、そして唇が動いたのを見た。
――玩具どもが。