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3 そして再会


「なんで草には街の名前がつけられるんでしょうか」

 ベスが疑問を口にする。


「森を少し動くだけで、まったく植生が変わるんだ。だからすべてに名前を付けるのは労力で、街の名前で管理しちゃうんだよな」

「そんなに違うのですか」

「きっとさ、この樹海は知性がある。植生を変えているのは流通させようとの意図があるように思える。つまり人間を動かす……」


 ベスがきょとんとしてるので、朝霧は苦笑いした。

 風呂から上がり、火照った体のまま二人は歩いていた。

 宿に戻る前にやることは飯だ。


 午前中に採取をして働き、風呂に入って飯を食べて宿で寝る。

 そんな生活サイクルが確立されていた。


「いつものところでいい?」

「はい」

 宿の近くにある酒場だ。


 冒険者あがりの大男が店長をやっており雰囲気がいい。

 さらに料理の才能があるのか、とても繊細な味付けで気に入っている。


 そもそもこの街はそれほど治安が悪くない。

 ギルドで絡んできたのも、悪くない連中だし、そのほとんどが引退寸前の人々だ。もっと能力がある冒険者は大きな遺跡やら迷宮がある街を目指すものだ。


 と、朝霧がなんでこの街にいるのかは、ちょっとした理由がある。

 とにかく飯だ。とても腹が減っている。

 巨大な木の横に木造のこぢんまりした建物がある。そこが目当ての店だ。

 空いた扉を抜けると、店内は閑散としていた。

 昼過ぎには混雑しているが、この時間は人がいない。


「おう、お前か」

 カウンターの向こうに大男がいた。普通にしゃべっていても怒鳴っているような彼が店長だ。見た目は怖いが料理の腕は確かだった。

「今日もこれで何か」

 朝霧は銅貨二枚をカウンターに置く。

 ちなみに宿は一部屋で二枚。つまり銅貨四枚が基本的な生活費となっている。


「あと、これ」

 朝霧は布袋から採取してきたものを取り出す。

 ルクス草の残りと、ルクスの実。そして狩ったはかりのウズラ。

 ちなみにルクスの実はルクス草とは関係がない。レタスのような花のことで、この街の周辺に生えており、そのまま街の名前が付けられた。


 勇者制作の異世界辞典の名前は基本的に適当、というより、あまりに種類が多すぎすべてを名付けることは放棄された。

 だがそれもしょうがない。この世界の植生はあまりに多彩だ。


 深い深い樹海に支配されたこの世界……。


「助かる。お前の持ってくるやつは違うからな」

「やっぱわかる人にはわかるなあ」

 朝霧はうれしくなり、森で採ってきたキノコや香辛料の粒なども差し出した。

 いい食材はこの店で使ってもらったほうがいいだろう。

 もちろんその分サービスしてくれる。


「本当なら、全部俺の店に卸してくれて欲しいんだがな。ギルドの爺さんに良しあしなんてわからないだろ」

「まあ、冒険者だから依頼はこなしておかないと」

 採取は評価が低いが、それでも信用は必要だ。

「飯は任せとけ」

 カンターにどんと木のカップが二つ置かれた。

 それを受け取り朝霧はベスと窓際の席に座る。

 朝霧はエール。ベスのは果実のジュースだ。


「今日もお疲れさん」

「はい」

 二人でカップを合わせてエールを飲む。

 ぬるいエールが染みる。アルコールの臭さはなくとても飲みやすい。

 バーブなどがふんだんに使われているからだろう。


 すぐに料理が運ばれてくる。

 ルクスの実のサラダと、キノコと鶏肉を炒めたもの。そしてこの世界によくある硬いパンと、ハーブを使ったスープ。

「このサラダおいしいですね」

「ルクスの実だろ。シャリシャリしていいんだよな」

 ドレッシングも絶妙だ。

 キノコ炒めは辛さが効いてエールにあう。ちなみにこの世界はアルコールの年齢制限はない。


「おいしい」

「うまいな」

 にこにこと食べていると、大男の店主がカウンターから肉を持ってきた。

 この街の名物のタンドリーチキンだ。

「あのウズラの分だ」

 この街にはチキンを焼く共用のツボがある。

 地面に埋められた大きな壺の中には、炭火が投げ込まれ、そこでナンのようなパンや、串刺しにしたウズラを焼くのだ。


 ウズラを焼く専門の職人がおり、店や個人はウズラを渡して焼いてもらうというシステムだ。

 このチキンは朝霧が狩ったものではなく、すでに焼かれていたものだ。


「あの壺で焼くとうまいんですよね」

 朝霧はそう言いながらチキンを切り分ける。

「ここは昔は最前線だったからな。タンドリーとチリコンカンで兵士の腹を満たした。そのためにでかい壺が必要だったんだ」

 この街は大きな壺の埋まっている街とも呼ばれる。

 兵士たちにパンとチキンを焼くために大きな壺を埋め、そして百年後の現在までその壺は使われている。


「チリコンカンもあるんですねえ」

 もちろん勇者が名前を付けた料理だ。

「作りたいんだがなあ。チリがないんだよな。あとバッファローの肉も」

「森にチリはないんです?」

「寒さ対策で兵士たちがチリをもっていって繁殖したって聞いた。つまり西側の森にあるんだよ。だが、あそこはあまりいいものがないだろ」

 朝霧が探索しているエリアだ。

 うまみがないために流れの冒険者が入れる。


「探してみてもいいですがね」

「じゃあギルドに依頼するか?」

「いえ、見つかったら直接持ってきますよ。バッファローはわかりませんが」

「バッファローは最近見ないからな。でも見つかったら頼む」

 見つかったらでいいだろう。


「チリコンカンはこの街の伝統の味なんだ。玉ねぎとニンニクをみじん切りに。肉を粗目にひいておく。集めの鉄鍋にオリーブオイルを入れやや焦げ目ができるまで炒める。トマトペースト、水、バジル、ペッパー、レッドチリの粉を大量に、オレガノ、バジル、クミン、塩、胡椒。そしてただ煮詰める。茶色いその肉汁を高級ワインのように味わう」

 なんだか熱い。店主が熱く語っている。


「つまりチリコンカンとは肉への熱意だ」

 ……なんだか猛烈に食べたくなってきた。

 こうなったら少し探索範囲を広げてチリを探すべきだろうか。


「仕事しなさい!」

 奥さんらしき人の声が飛び、店長は首をすくめると戻っていく。

 それを見てベスがくすっと笑った。

「チリコンカン食べたいですね」

 ベスが珍しく積極的だ。店主の熱意が響いたのか。


「よし、じゃあチリを探すか」

「はい、そうしましょう」

「じゃあとりあえず食べよう」

 切り分けたタンドリーチキンを二人で頬張る。

 まず鼻に香りが抜ける。複雑なスパイスはこの店の特徴だ。間髪入れずにエールを流し込むと一日の疲れが吹っ飛ぶ。

 働いて風呂に入って飯を食べて寝る。この単純なルーティンがなんと幸せなことか。


「おいしい」

 柔らかいベスの表情。少しずつ距離を縮めてきたかいがあった……。

 頑張らねばと思った。

 この子のためにも、なによりも異世界に放り出された自分のためにも。


 あの能力を使いこの世界で……。


「やっと見つけた」

 それは背後からの声だった。

 誰かはすぐにわかった。


「生きてるとは思わなかった」

「だろうね」

 振り向くと、そこには銀髪の女性が立っていた。

 銀色の胸当てと腰の剣。神の飾りはフェイスガードにもなり、牡鹿の紋章が刻まれている。それは王都の騎士のシンボル。


「誰です?」

 ベスがきょとんとしている。

「ちょっとした知り合いと偶然に会ったんだ」

「偶然ではない」

 フェイスガードを上げると、菫色の瞳が見えた。


「私はあなたを探してた」

 彼女の名前は確かヴァルシア。この世界のヴァの発音が難しいので、朝霧はルシアと呼んでいた。

「私を助けてくれた、のだろうあなたをね」


 朝霧は無視して立ち上がる。

 目の前の彼女を含めて思い出したくない出来事なのだ。

 立ち去ろうとした朝霧を止めたのは意外な人物だった。


「待って」

 ベスが朝霧の手を引っ張り、ルシアを向いた。


「全部、説明してください」


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