2 この世界
樹海のはざまにある小さな街。
なだらかな高低差がありいくつかの川が流れている。
街という言うより集落といったほうが近い。
木造の建物が多く、樹海の恩恵を受けて存在している平和な街。
そして王都からも遠く、経済活動もそれほど活発ではない。
つまり働いてもあまり金が稼げない。
それでもこの街の名前がつけらたルクス草には需要がある。
数少ない嗜好品。
そして栽培した養殖ものでは香りが弱く、森の中に採取しにいく必要がある。
朝霧が金を稼ぐに手っ取り早いものだった。
生のまま焚火に放り込む乱暴なやり方もあるらしいが、基本的には天日で乾燥させタバコのように楽しむものだ。
朝霧はあまりその匂いが好きではなかったが、やはり好きな人間は好きらしい。
朝霧とベスはルクスの門を抜けると、砂利道を歩いていく。
道のわきには小川が流れており、小さな魚影が見える。
木の柵の向こうではヤギが草を食べている。
家畜の概念はあるのだ。ただ、あまり農業は発達していない。森の恵みが大きすぎるからだ。
ルクスの街の大通りに入るが人はまばらだ。
午前中はバザーがあり活気がある場所だが、午後になると出店をたたんで仕事を終えてしまう。山菜や果物は早朝に森に入り採取し、朝にすぐバザーで売り出される。
ただルクス草は天日干しするので鮮度はほとんど関係ない。
重要なのは抜き方と、魔力の含有率の高さだ。
花売りの少女がかごを抱えて走り寄ってきたので、森で摘んだ花を渡してやる。
朝霧は冒険者なので花を買うほどの余裕はないが、少女が売るための花をあげることはできる。
花売りの少女に手を振り、大通りに入ると街では珍しいレンガ造りの建物がある。
中は薄暗いがだだっ広く、大きな樽が置かれ、それをテーブル代わりに男たちが酒を飲んでいる。ここは冒険者ギルドだ。
これも勇者が作ったシステムだ。
街にギルドを配置し、情報を流通させる。
ゲームのように冒険者のランクまでも設定され、厳密に管理されている。
そしてルクス草はこのギルドの依頼品でもあった。
直接店に卸してもいいのだが、人間関係やらのこまごまとしたことが面倒であり、やはり冒険者の朝霧としてはギルドの後ろ盾は大切だ。
少しずつでも依頼をこなす必要がある。
「ベス、フードを被りな」
朝霧はいつもの通りにベスにフードをかぶせ、金髪を隠す。それほどエルフは珍しくないのだが、やはり金髪は目立つ。
中に入ると、すでに仕事を終えて飲んでいる男たちの視線が絡みつく。ルクス草の煙でなんだか真っ白だ。とても煙い。
彼らの主な収入源は狩りと遺跡探索だ。この街の近くにも遺跡があるようで、未だに古代技術の品が出てくることがあるらしい。
遺物は王都が欲しがるため、ギルドが高額で買い入れる。
「おう、採取屋」
男たちから声がかけられる。
基本的に採取は男の仕事ではないのだ。
「今日も草か?」
「はい」
朝霧は平然と返事をしながら、ベスの手を引く。
ベスはギルドのこの雰囲気が苦手のようだ。
「ルクス草、五十束。西側で採取」
朝霧はカウンターに束を置いた。
西側とは、朝霧が立ち入れるエリアのことだ。基本的に周辺の恵まれた森は、街が厳重に管理している。そしてその余ったエリアを朝霧のような流れ者の冒険者が探索できる。
本来ならハイリスクローリーターンの場所。
すでに飲んでいたギルドの老人が、数も確認せずコインを転がした。これもいつものやり取りだ。納入のサインなどをしてもらえば今日の仕事は終わりだ。
半日頑張って銅貨六枚。
ざっと価値を言うなら銅貨一枚五百円ぐらいだろうか。なので三千円だ。
銅貨を布袋にしまっていると、酔っぱらった冒険者が絡んでくる。
「お前のおかげで助かってるよ」
ルクス草の煙を吐きながら言った。
馬鹿にされているが、朝霧のルクス草は評判がいい。何よりも群生を見つけるのが難しい。なのでこの街に来た時よりは彼らの態度も軟化していった。
そんなに悪い連中ではない。ただ、ベスはやはり怯えている。
ギルドから出ると、ベスがため息をついた。
「よくあんな臭いの吸えますね」
「好きな人は好きらしいよ」
と言いつつも朝霧も苦手だった。なんだか服に匂いが染みついてしまった気がする。
「匂い落としにあそこに行くか」
あそこ。
朝霧が気に入っている場所だった。
この街には温泉があり、そして共同浴場がある。
共同浴場といっても木の柵でいくつかエリア分けされただけの露天だ。
風呂の前の小屋が休憩室兼受付だ。
お年を召した女性たちが休んでいる姿がある。
「これでお願いできます?」
朝霧は受付のお婆さんにルクス草を数本渡した。
「あんたのは香りがいいのよね」
お婆さんはにこりと笑ってそれを受け取る。
この街の住人には無料なのだが、朝霧は流れ者の冒険者なのでこういったやり取りが必要だった。
「はじのほう、空いてますね」
ベスも一緒なので、個人向けの狭いエリアに向かう。
ベスがさっそく服を脱いでいる。
心配なので一緒に入ることにしているが、気にならないと言ったら嘘だった。だが、ベスの見た目は小学生ぐらいだ。
……子供だ。本当の年齢はわからないが欲情するほどではない。
高校三年生にもなって小学生のような女の子に……。
朝霧も平静を装い、服を脱いで籠に入れる。
昔はここは湯治場とても有名だったらしくその名残がある。
温水が流れる脇に掘られた穴のような適当な温泉だが、少し白濁しておりいい感じだ。
服を脱いで、布を腰に巻き付ける。
見るとベスはすでに裸になっていた。
朝霧は視線を逸らして心を落ちつける。
そもそも相手はエルフだ。歳も種族も違う。意識する必要はない。
二人はかけ湯をしてから湯船に入る。
「ああー」
声が出た。
胸の底から息が漏れる。
ベスの表情もやっと緩んだ。
この街に来てから約二週間。距離ほんの少しでも縮んだだろうか。
「アサギリさん」
ベスは湯船につかりながらこちらに背を向けている。
「ん?」
「採取屋さんはすごいと思いますよ」
ベスが呟いた。
「そうかな」
「私はすごいと思います。みんなを幸せにしているって」
「いや、草を集めてるだけだどな」
「役に立ってます」
「でも、それしかできないんだ」
「そんなことはありません」
ベスが立ち上がり、すぐに我に返って湯船に身を沈めた。
彼女は膝を抱えるようにして、口までお湯に沈める。
「きっと、あなたはみんなを幸せにする能力がある」
ぶくぶくと息を吐きながら、ベスは呟いた。
「だからきっと私が誰なのかも探してくれると思うのです」