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1 エルフ少女との採取生活


 そこは花売りの少女がいる世界だった。

 少女は花をかごに入れ、村人や冒険者たちに花だけを売る。

 花は窓際やテーブルに飾られ、部屋に彩りと香りを与える。


 そんな文化のある世界に、朝霧隼人はやってきた。

 異世界召喚。

 それはいきなりだった。

 高校三年生の修学旅行。そして高校三年生の百人が召喚されたのだ。


 ほとんどが世界樹近くに召喚されたが、朝霧は王国の外で気を失っているところを保護された。召喚は国民にも知らされており、迷い人は迅速に保護された。

 意味が分からないままだった。

 当然だ。気づくと別の世界にいたという事実は、消化できずに思考を停止させた。

 そんな朝霧をフォローしたのは日本人だった。


 先に召喚されたという女性が説明してくれた。

 王国の名前はドルフィア。

 ドルフィアという王族の国だという。

 召喚された理由は、この国に力を貸すため。


 召喚された迷い人には特殊なギフトと呼ばれる力があるからだ。

 だから丁重に保護され生活が保障される……。


          *


 そして半年後。

 朝霧はこうして一人草原に立っている。


 訓練や戦争など思い出したくない経験をしたが、最終的にここにいる。

 いや、正確にいうと一人ではない。

 足元の草を抜いていると、それを遠目で窺うような少女の姿がある。


「ベス、あまり離れるなよ」

 彼女は青い瞳と金色の髪のエルフの少女だった。

 声をかけられた少女は小さくうなずき歩み寄ってくる。

 エルフのベスと行動を共にしているのには、少し複雑な事情がある。


 こちらにまだ心を許しておらず笑顔を見せないエルフの少女……。


「すごいですね」

 珍しく声をかけてきたベスが、足元の草の束を見つめている。

「きれいに抜いて、ちゃんと仕分けしてますよね」

「俺にはスローライフを送るために与えられた力があるから」


「スローライフというのは?」

「俺と一緒に生活をしていればわかるよ」

 そうだ、自分の異世界生活は始まったばかりだ。

 そして目指すのはスローライフ。


 ギフトは授からなかった。

 だがこの世界で暮らし訓練を受けることで二つの力を得た。

 与えられたものではなく必死に学習したのだ。


 まずは魔法。

 魔力感知がある。つまりレーダーのような力。

 これが少し扱いづらい。

 チャンネルをというか、カメラのピントを合わせるような感覚で周囲を探知する。

 すると魔力の濃い部分がなんとなくわかるのだ。

 そして、魔力の色などでそれが植物なのか動物なのか鉱石なのか、そして悪意の有無などもなんとなくわかるようになる。


 ……なんとなく。


 言語化するのが難しい。それゆえにこの探知能力は評価されなかった理由の一つである。

 特に探知能力は戦闘型に特化した上位的なギフトが存在する。

 だが、こうして採取ができているのはこの能力のおかげだ。


 この世界の重要な要素は魔力。

 生き物から無機物、すべての物質に魔力が干渉している。


 たとえば薬草。

 魔力を多く含有しているほうが効果が高い。

 そして同時に香りや美味しさなどにも影響する。


「これですか?」

「これは似てるけど違うな」

「じゃあこっちですか。……抜けない」

「ルクス草は根が強く張ってるから、一気に引き抜くんだ」


 微妙な距離を保ちながら、今日も朝霧はベスと採取にいそしんでいた。

 周囲には深い森が広がっており、妙な形のキノコがいたるとこに生えており、枝をグネグネと動かす樹が見える。あれはキノコを食べに来た小動物を狩る食虫植物だ。


 そう、ここは異世界……。


「ルクス草は根が重要で、根が切れると香りが落ちるんだ」

「博識ですね」

「俺は採取者だからな」

 感心する少女の前で、朝霧は胸を張って見せたが内心は複雑だった。


『採取者』

 それが朝霧に異世界で得た役職だ。

 それゆえに自分はこの子とこの街にいる……。


「食べるのです?」

「いや、香りを楽しむんだな。タバコみたいに。ベスにはまだ早いけど」

 ベスとと行動を共にしているのには、少し複雑な事情がある。

 こちらにまだ心を許しておらず笑顔を見せないエルフの少女。


「とりあえず俺が抜くから、ベスはまとめておていくれ。十本ずつ」

 考えるのは後だ。せっかくルクス草の群生が見つかったのだ。

 これは街で嗜好品として扱われ需要があり、なかなかいい金になる。


「栽培すると香りがなくなるみたいだけど、やっぱり森の魔力が関係しているのかもな」

 返事はないが、朝霧は間を持たせるために会話をする。

「まとめ終わりました」

 ベスが言われた通り十本ずつの束にまとめてくれている。


 視線もまともに合わせてくれないぎこちなさ。

 が、それでもベスにとっては朝霧しか頼る人間がいない。

 保護者は朝霧だけ。


「よし、じゃあまた別を探すか」

 朝霧は集中する。

 すると視界がぼやけた。緑色の樹海が暗転する。

 そして周囲がシンプルなマップのように頭の中で処理され表現される。

 魔力が強いのは近くにいる食虫植物だ。

 その別の方向を探知。青く光る魔力の群生を感じる……。


 これが朝霧がレーダーと呼んでいる魔法だ。

 魔力や金属などを感知できるという力。

 ルクス草には微量の魔力が含まれており、それが青く光る。


「ふう」

 レーダーを止めると、視界が緑に戻った。

「こっちに」

 朝霧は感知した方向にベスを連れて歩いていく。


 ……やはりあった。

 この葉の形はルクス草だ。また群生を見つけた。


「すごいですね」

 ベスが素直に褒めてくれる。

「採取者だからな」

 もう一度そう言い、朝霧はルクス草に手を伸ばす。


「採取者は素晴らしいですね」

「そう言ってくれるのはベスだけだよ」

 朝霧は苦笑いをしてルクス草を引き抜く。


 この世界には百年前に勇者が召喚されたという。

 もう姿を消しているが、日本人であることはわかる。


 この世界には人間がおりベスのようなエルフや亜人までいる。そんな多種族でコミュニケーションが取れるのは共通語があるからだ。

 そしてその共通語は日本語だ。


 最初に日本人が召喚され、彼は勇者と呼ばれた。

 その後も断続的に召喚されたので言語が広まったらしい。

 ルクス草と名付けたのも勇者だ。


 ルクスとはこの街の名前で、その近辺に生える草をそう名付け、辞典の基礎を作ったとされる。その後の日本人がその辞典を補完し、この世界の大量の植物に名前を付けていった。


「まとめ終わりました」

 いつの間にかベスが、ルクス草を抜いていた。

 ぎこちないながらも、何日もこの街で採取の仕事をやっているので、彼女も慣れてきたようだ。


「じゃあ、森を通って帰ろうか」


 この世界で一番の娯楽は――香り。


 そして森は香りの宝庫だ。

 花やキノコ。薪も香りが重要視され、樹液は安息香と呼ばれ金になる。


 レーダー能力を使いながら森を歩く。

 あまり安全とはいえない場所だが、この能力のおかげで広範囲をカバーしている。大量の魔力を含有した猛獣などがいればレーダーに引っ掛かる。

 朝霧は樹液を集めながら森を歩く。


 傷ついた幹を修復するために樹液を出す。それが乾燥して固まったものが扱いやすい。

 さらにこの森にしか咲かない花。

 金にはならないが、それも摘んでいく。


 しばらく進んで歩を止める。

「……オークだ」

「え?」

 後ろを歩くベスの表情に緊張の色が浮かぶ。


「いや、そっちじゃなくてオークの木」

 オークの倒木だった。

「これ、いい薪になるんだよ」

 オークは火力も持続力、そして香りもいい。以前に他の冒険者が見つけたのか、手ごろな枝はなくなっている。残ったのは運びにくい幹部分だ。さすがにこれだけの重さを持っていくのは面倒だったか。

「いい感じで乾燥しているし、せっかくだから持って帰ろう」


「重いですよ」

 ルクス草の束を背負ったベスが言う。

「俺が何とかするから、ベスは周囲を見張ってて」

 朝霧は余分な枝などを鉈で切って形状を整える。そしてあとは……。


「……待って」

 朝霧のレーダーが何かを探知した。

 森に潜む生き物の魔力を拾ったのだ。

「静に、しゃがんで」

 朝霧はベスに指示を出して、弓を取り出す。


「……弓、持ってましたっけ?」

 首をかしげるベスを制して、朝霧は弓を構えた。

 目ではまだ獲物の姿を確認できない。深緑の森に姿を隠しているからだ。


 だが、すでにレーダーで見つけている。

 森に潜むウズラ。サッカーボールほどの森の鳥。


 朝霧は集中する。

 その瞬間、揺れ動く森の背景がスローモーションのように流れる。

 これがこの世界で得た二つ目の力。


 つまり武力。

 身体能力に魔力のエッセンスを加えることで独自の技術を生み出した。

 それは加速。

 一瞬、ほんの一瞬だけ身体能力を向上させるもの。

 そして矢を放つ。

 矢は緑の森に吸い込まていき、鳥の声が響いた。


「当たった、すごい」

 ベスが驚きながら走っていった。

「ふう」

 どうやらちゃんと当たったようだと、朝霧は額の汗をぬぐう。

 ベスは驚いてくれたが、実はこの二つ目の力も評価されなかった。


 理由は短すぎるから。

 能力が向上するのはほんの一瞬だけ。コンマ一秒もないだろう。


 それでも一応ながら戦闘能力があると、朝霧は戦争の前線に放り出されることになるのだ。

 苦い思い出でもあり、この街にいるきっかけでもある。

 そして朝霧自身はこの能力に信頼を持っていた。


 それは一瞬の能力向上ではなく、加速なのだ。

 たったコンマ一秒が、脳の加速によって十倍にも感じられる。


 とにかく、朝霧はこの世界でスローライフを送るための三つの力を持っている。

 探知と加速。


 そして三つめは……。


「持ってきました」

 ベスが胸を射抜かれたウズラを持ってきた。


「よし、街に戻ろう」

 朝霧は歩き出す。

「あれ、ここにあったオークは?」

 ベスが首をかしげている。オークの倒木は消えていた。


「まあいいじゃん、行こう」

 朝霧とベスは街に戻る。


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