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22 教会と誓い


 この街にも教会があった。

 女神ソフィアをあがめる教会だ。

 庭を掃除していたシスターにお布施として銅貨を渡し、中に入る。

 石造りの小さな教会だった。


 教会は解放され中には誰もいない。

 ひんやりとした空気。女神ソフィアの石像があった。


 既視感があった。

 ……そうか。


 自分も女神ソフィアによって召喚されたのだ。

 記憶はないが触れた可能性はあった。


 三人は並んでソフィアを見つめる。

 朝霧は突っ立ったまま心の中で話しかけえる。

 あなたは何を望んでいる?


 ……俺たちを呼び出したのはどうしてほしいからだ?

 だが声は聞こない。


 女神の声が聞こえるのはドルフィアの血族だけだという。

 それも女性。巫女にしか神の声は聞こえない。


「百年前に勇者を呼び出したのは女神様」

 ミュウが歴史を語った。

「私たち亜人は人間の血もそうだけど、勇者様の血も混ざっているの」

 狭い室内にミュウの声が響く。


「女神様は本当にいるのだろか」

 不敬な言葉だろうか。だが、ミュウは否定しない。

「わからない。でも、私にとっては……」

 ミュウがこちらを見ていた。


「伝説があるの。瀕死の亜人の子に勇者様が樹海の紅玉を分けてくれたって。私、そのお話がとても大好きだった」

 そしてその亜人と子供を作ったらしい。

 さらにその子供は子孫を残し、勇者の血はまたたくまに広がった。

「もしかしたらミュウも勇者の子孫なのかもな」

 ミュウは薄く笑った。


「それはおとぎ話のような伝説。それに私はそんな高貴な血は流れていない」

 いきなりミュウは朝霧の前に膝をついた。

「でも、あなたは私の勇者様」

 胸に手を当て、ミュウはそう言った。


「……ミュウ」

「女神ソフィア様に誓います。この命を目の前の勇者様に捧げると」

 それは強い意志を持った言葉だった。

 あのリンゴを食べ彼女は命を救われた。

 迷い人に裏切られ、迷い人に助けられえた。その葛藤の中で決断したのだ。

「誓います」


「わかった」

 朝霧は錆びた剣を、ミュウの肩に添えた。

「ミュウの思う勇者じゃないと思う。でも、ミュウを受け入れることを誓うよ」

 この世界で二人目の仲間の誕生だった。

 結びつけてくれたのは女神か、それとも……。


 そしてミュウはベスに向き直る。

 先ほどの強い決意の表情は歪み、涙がこぼれ落ちた。


「私はあなたの仲間を殺した。傭兵として、戦った……」

 ミュウは何も聞かなかったが、ベスがあのダークエルフの森から逃げたのだと察している。

「責任を取りたい」

 ベスはそんなミュウを、ただ優しく見つめている。


「ミュウ、それは俺もなんだ」

 朝霧はミュウの隣に膝をつき、ベスの記憶がないことを告白した。

 ミュウはベスを見上げる。


「だったら、記憶を取り戻すのを手伝いたい。そして私の勇者様の罪を分かち合いたい。私は勇者様の剣となり、あなたの盾となります」

「駄目」

 ベスは首を振った。

 ミュウがうつむき、涙がこぼれ落ちる。


「私はそんなことを望んでいない。だって、やりたいのはアサギリが言うスローライフだもん。それについて来てくれるなら、うれしい。あとその口調も駄目」

 ミュウが顔をあげる。

 涙をぬぐって、無理やりに笑った。


「わかった。私を旅に連れて行ってほしい」

 ミュウが差し出した手を、ベスは握った。

「そして」

 それは朝霧にだけ聞こえたミュウのささやきだった。


「もしも望むならば、復讐も……」


          *


「ということで乾杯」

「もー、すぐ飲むんだから」

 ベスがしかめっ面をしている。

 あのビアガーデンだった。


「仲間が増えたら飲むのが俺の国のルールだから」

「うん、これからよろしくね」

 なんだか素直になったミュウも乾杯する。

 朝霧を見る視線が変わっていた。それほどの誓いだったのだろうか。

 勇者様と呼ばれてなんだか気恥ずかしい。雰囲気に飲まれてしまった。

「えへへ」


 それは同じなのか、ミュウも少し顔が赤い。

 仕方ないので朝霧はエールをあおる。こんな時は酒だ。

「カルナの花、料理してもらったけど、やっぱ駄目だな」

 話を変えて料理を食べる。亜人たちに採取したカルナの花を料理して貰っていた。

 軽く痛めたものに朝霧持参の香辛料を振りかけてみたが、やはり痛んでいる。


 ただ、天然物だけあっていい香りも残ってるのだ……。


「だから言ったでしょ。カルナの花はその場で食べるのが一番いいの。それか漬物にするしかないのよ。旅するのはいいけど、カルナの花を食べられなくなるのは、ちょっと残念」

 そうか、仲間になったのだからアイテムボックスのこともミュウに言うべきだった。


「あとでさ、二人きりで話がある」

 ミュウに言うと、彼女は顔を真っ赤にした。


「わかった、覚悟している」

 ミュウがあわあわと何か誤解している。


「変なこと考えてる?」

 ベスにも睨まれた。


「いや、あのことだって。採取の俺の力のこと」

「そっか、なら許す」

「力?」

 ミュウが首をかしげた。


「そう。頑張ればさ、この街から離れてもカルナの花を食べられるよ。ねっ」

 ベスがいたずらっぽく笑った。

「そんなの無理だよ」

「アサギリはすごいんだから。強くはないしエッチで神経質だけど」

 果実酒を飲むベスは少し毒舌だ。

 ミュウはエールを飲みながら朝霧を向く。


「強さが必要なら私が請け負う。望むならもっと強くなる。あなたの望みが私の望みなのだから……」

 ――復讐。


 彼女のそんなつぶやきが耳に残っていた。

 まだ彼女に突き刺さった刃は抜けていない。

 こう思った。

 自分がやるべきことは彼女を癒すこと。ミュウの刃を抜いてあげたい……。


「ミュウ」

 朝霧はミュウに語り掛けた。

「はっきりと言っておく。俺たちの目的はスローライフだ」

「そう、スローライフ」

 ベスも同意する。


「適当に聞き流してきたけど、スローライフという言葉の意味がわからないのよね」

 ミュウが首をかしげる。

 やはりメジャーな言葉ではないらしい。

 朝霧とベスは顔を身わせて笑う。


「一緒に来ればわかるよ、絶対に」

 ベスが断言した。


 そうだ、今やっていることがスローライフなのだから。


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