21 採取
そして街での仕事は続く。
やることは採取だ。
次の日の朝も朝霧たちは森に入っていた。
森の中で見つけたのはカルナの花だ。あの玉ねぎのような花。
基本的に街で栽培されているが天然物は珍しい。
が、痛みやすいという欠点がある。
だが朝霧にはあれがある。
デリケートなカルナの花をナイフで切り、それを丁寧にベスが草で包む。
「それ、今採ると痛むよ」
ミュウが当然の助言をしてくれる。
「まあでもやってみる。どの程度痛むのかも知っておきたいし」
そう言い、カルナの花を摘んでは布袋に入れていく。
ベスとミュウがトイレに行った隙に、半分はボックスに入れることができた。
そして探したいのは香辛料だ。
さまざまな香辛料があり、森によって香りが微妙に違う。
どうせなら食事を楽しみたい。そのためには香りは重要だ。
そして王都方向に行くとしたら、もうこの街には戻ってこられないだろう。
だったら採り逃すわけにはいけない。
「これ、カルナハーブだよ」
ミュウが見つけてくれたのはバジルのような草だ。
指で潰してみると柑橘系の香りがする。
「いいね」
カルナハーブを皆で集め、さらに辛いという黄色い木の実も集める。
「これ、食べられる?」
「うん、でも……」
ベスが果物を見つけてきた。
ミュウの静止も聞かずにかじり、顔をゆがめる。
「酸っぱい」
「くれ」
かじってみると確かに酸っぱい。カボスのような柑橘系。
「酸味が強くて、お酒とかに入れるやつなの」
「よし、これも集めよう」
「あまりお金にならないよ」
「いやいいんだ。趣味だから」
炭酸に入れてもいいし、肉にかけてもいい。これは使える。
呆れるミュウを横に、朝霧とベスは採取を続けた。
さらに川に出て、今日は時間を決めて石を集める。
大きめのヒスイを見つけたところで終わりとする。
そうしないといつまでも川で砂金探しになってしまう。
「よし、戻るか」
すでに昼過ぎだった。
三人で森を抜けて街に戻る。ミュウがいるので迷う心配もなかった。
ギルドに入り依頼のヒスイなどを卸す。
「これは駄目ね」
ギルド職員の女性が首を振る。カルナの実がしおれて変色していた。
「食べられないこともないけど、これから店に渡して……みたいな時間でさらに痛んじゃう。朝に摘んで急いで持ってきてくれれば買い取れるのだけどね」
だから言ったでしょ、というようにミュウが視線を向ける。
「あの依頼は?」
朝霧は気になっていた依頼を指さした。
「あれはね」
女性は小さくため息をついた。
「お婆さんの依頼なんだけど、新鮮なカルナの実が欲しいんだって。昔は冒険者向けの飲み屋の女将さんをやっていて無下にできなくて。何回か持っていったけど、ちょっとでも痛んでると断れてずっと貼られてる。こんなの持っていったら怒られるわよ」
「はあ」
「はい、今日はけっこう稼げたわね」
カウンターに銀貨と銅貨が置かれた。
ヒスイやカルナハーブの料金だ。
大きめのヒスイを手に入れたのは幸運だった。
「よし、買い物に行くか」
三人で向かったのは雑貨屋だ。
あの老店主に川で拾った物を見てもらう。
「あと、これって金になります?」
朝霧が取り出したのは木だった。
これは川に沈んでいたものだ。
「香木か。ちょっと調べてみよう」
店主が香木を少し切り取り匂いを嗅いでいる。
そんな間もベスが、目をキラキラさせて品々を見ている。
そしてミュウも棚のナイフに目を奪われている。
「ナイフ、欲しいんだろ。選んでいいよ」
朝霧はミュウに言った。
「でも……」
「だってさ、護衛してもらってるのに受け取ってくれないじゃんか。それくらい買わせてくれって」
「うん、へそくり出してあげるから、選んで」
ベスが砂金の瓶を取り出した。
「ナイフだったら、この香木と交換してやるよ。石はこれだけもらおう」
石のほとんどは価値がないようだったが、香木は値段がついたようだ。
「へえ、意外にそんな木が売れるんですねえ」
朝霧は残った石をしまいながら言った。
魔力反応があった木を川で拾ってきたのだが、まさか値がつくとは思わなかった。
すると老店主は気まずそうにため息をつく。
「香木はな、貴族がこぞって買い集めるものだ。たとえば龍の香と呼ばれるものはこの小さな石ぐらいの大きさで城が建つぐらいとされる。この世界の三大香の一つだ」
「龍の香」
「ドラゴンのうんこだがな」
うんこにそんな値段がつくのか……。
「だから物の価値を知れ。好きなナイフを選べ。他の道具も相談に乗ってやる」
あまりに無防備な朝霧に同情してくれたようだ。
「て、ことだって」
朝霧が言うと、ミュウはナイフを選び始めた。
ベスにも一本あったほうがいいだろうと、選ばせる。
朝霧は壁に立てかけられた剣を見る。少し錆が浮いた剣だった。弓とナイフしか武器を持っていなかったので長物も持っておくべきか。
ベスとミュウはナイフを選び終わったようだ。
ミュウはしっかりとした大きさのもの。ベスは柄に装飾が入った小さなもの。
「剣も合わせて、差額を払いますよ」
「いや、充分だ。おまけに持ってけ」
店主に石鹸を渡された。
香木はそれほど価値のあるものだったらしい。
「価値ぐらい調べておけ」
そう言われ店を出る。
「いいの、もっといい値段で売れたかも」
ミュウが忠告してくれる。
「勉強代だよ。それに香りを楽しむのって王都近辺だからなあ。この辺境じゃなかなか金にならないのは確かだよ」
もっと稼ぐには王都方面に行く必要がある。
たとえば店主が言った龍の香を見つけたとしても、この小さな雑貨屋では買い取れまい。
「そっか」
ミュウが大切そうにナイフを手にした。
この世界で鉄の刃物は重要だ。
ミュウは武器としての短刀は手放さなかったが、生活用のナイフはなくしたらしい。
「大切にするね」
ベスもナイフを手に喜んでいる。
子供に刃物は危ないが、与えないほうがもっと危険だ。
鋭い刃から遠ざけてはいけない。
手を切ることもあるだろう。だがその痛みは自分の命を守ることにもつながる。
……大丈夫だろうか。
ふとベスが護身用に尖った枝を忍ばせていたことを思い出す。
いや、あのときはまだ信頼関係のなかったときだ。
「なんかさ、冒険者っぽくなったな」
錆びた剣を手に朝霧は軽い声を出して探りを入れる。
「うん、かっこいいよ」
ベスが褒めてくれる。
……この様子なら大丈夫だ。ちゃんと信頼関係を築いている。
「ありがとう」
ふとミュウが言った。
なんだかそれは決意が込められた声だった。
「どうしたミュウ、真面目な顔をして」
「話があるの」