20 ビアガーデン
その後、朝霧たちは小川で採取をして街に戻った。
この小川には鉱山から流れてくる宝石の原石があった。
魔力感知で様々な原石が手に入り、さらには微量の砂金も発見した。
……その瞬間心が持ってかれた。
ゴールド、この世界でも価値のあるもの。
ミュウが呆れるほどベスと二人で採取に熱中した。
それは結果的にいい金になった。
細工職人がギルドに原石の依頼を出していたのだ。
砂金は迷ったが卸さなかった。
ベスが気に入ったらしい。なので雑貨屋で小瓶を買ってそれに入れてやった。
「なんか安心感……」
ベスは小瓶の砂金を眺めてうっとりとしている。
貧乏がベスの性格構築に悪影響を与えている。
……だが今日は違う。金は手に入った。
雑貨屋でもギルドに卸さなかった石を買ってもらうことができた。
「あのクレソンとか他の石とか、どうしたの?」
雑貨屋を出てからミュウが聞いた。
「いや、まあ適当に処理をしたよ」
隙を見てボックスに入れたのだ。
もう少しうまい使い方ができはしないかと思う。
やはりゲームとは違い制約がある。これはリアルなスローライフ。
「とりあえず報酬は三等分するからさ」
「いらない」
ミュウは強情だ。
「だったらさ、せめて夜ご飯はもたせてくれ。ちょっと金が入ったから、豪勢にいきたいんだ。案内してくれ」
たまには贅沢しないとベスの成長に影響がある。
記憶を失っているベスは無垢な状態だ。
保護者として責任がある。
「ん、それだったらいい」
「景色のいい場所がいいな。あと風が気持ちいい場所」
ベスが砂金の瓶を持ってにこにこしている。
「思い当たる場所がある」
ベスがうなずく。
案内されたのは、この街のどこからでも見える大きな樹だった。
「うああ、人がいる……」
巨大なウッドハウスのようになっていた。
「ここ、ビアガーデンなの」
木登りが得意な亜人たちが経営するビアガーデン。
「すごい」
ベスも感嘆している。
三人は木のつるなどを利用した階段を上る。
「この街の観光資源にしようって作ったの。でも辺境だからねえ」
特に観光客は来ず街の亜人たちが利用しているだけらしい。
街の直営のビアガーデンで店員もすべて亜人だ。
「気をつけて」
ミュウがベスを支えてくれる。
「酔った人間が落ちての死亡事故がけっこうある」
「だろうな」
しばらく上るとデッキがあった。
まだまだ上もあるようだが、もう充分な眺めなのでここにする。
木製のベンチに腰を掛けるとすぐにエールが運ばれてきた。
すでに客はいるのか、亜人の店員忙しそうに木を上り下りしている。
「えへへ……」
亜人はスカートをはいており、ちらちらと……。
「アサギリ」
ベスが疑いのまなざしを向けている。
先ほどまでにやにや砂金を見てたのに、するどい。
「たまにはベスもお酒を飲めば? この街の果実酒はほとんどジュースみたいだ」
「うん、そうしようかな」
ベスの年齢は不詳だが、この世界は酒の年齢制限がない。
「酔っぱらっても俺がついているからな」
ベスは果実酒の炭酸割、朝霧とミュウはエールだ。
「乾杯」
ちょうど風が吹いた。
「はああああー」
全身に染み渡る。
ずっと川で働き体の芯が冷えていたのでぬるいエールが心地いい。
石集めの疲労が一気に吹っ飛んだ。
「おおお」
ベスもうまそうに果実酒を飲んでいる。
森のブドウの酒だ。さらに炭酸で割っているので大丈夫だろう。
「はあ」
ミュウも穏やかな顔で、街に目を向けている。
夕日が見えた。
なんだか泣きそうになった。自分は異世界にいる……。
「お代わり貰えますか?」
「はーい」
ウエイトレスの亜人がビア樽に走る。
かがんで樽からエールを注ぐと、やっぱりちらっと下着が見えた。
「こら!」
ベスに引っ叩かれた。
「いや、働いて偉いなあっていう尊敬の目だよ」
「エッチな目だった」
ベスの目がすわっている。やはり酒を飲ませたのがいけなかったか。
「まず食べよう」
ここは飯だ。すきっ腹にアルコールはいけない。
さすがに木の上で煮炊きはできす、下からロープを使ったエレベーターで食材が運ばれてくる。鶏肉系がメインだ。
亜人の狩人がいるので肉が多いようだ。
採石場から岩塩も出るのかルクスよりも塩が効いている豪快なロースト。
さらに運ばれてきたものを見て目を見開く。
……これはから揚げだった。
「ああ、あるんだなあ」
から揚げにかぶりつくとじゅわっと肉汁が広がった。
それをエールで流し、またもから揚げ、エールを繰り返す。
「すごいおいしそうに食べるのね」
ミュウが驚いている。
「なあ、食べてみろ。本当にうまいぞ」
「いや、知ってる」
ミュウはこの街で暮らしていたのだ。
「……でも、なんだかおいしい気がする」
ミュウはから揚げをエールで流し込み、小さく笑った。
「二つの世界の融合だなあ」
朝霧は赤い空を見ながらエールを飲む。
「いや、この料理は迷い人が考えたやつじゃないよ」
そうなのか。ちょっと異世界を軽視していた。
反省してから揚げを食べてエールを飲んだが、やはりうまい。
「だいたい、迷い人はこの世界の文化を馬鹿にしてる」
ちょっとミュウも酔っている。
「ベス、ミュウが怖い」
「アサギリを責めないであげて」
ベスに助けを求めると、ミュウをいなしてくれる。
「ベスは優しいなあ」
エールを飲みながらベスの頭をなでる。
「もー、髪がぐちゃぐちゃ」
怒るベスが可愛いので抱き着いてみる。
「もう、飲むならしっかりして!」
ベスが怒っているが、可愛らしくまったく怖くなかった。
「ベスちゃーん」
乱暴に頭をなでていると、果実酒の炭酸割を飲んだベスが手招きする。
何か伝えたいようだと耳を向ける。
「げふっ」
「わっ、きたなっ」
耳元でげっぷをされてしまった。
「へへへ、どーだ」
ベスが下品に酔っぱらっている。
このちっこいエルフちょっと調子に乗ってないか?
「品のある飲み方をしろよベス」
「うるせーバーカ!」
……こいつもしや、今まで本性を隠していたのか?
そんな様子を見て、ミュウがくすっと笑った。