18 採取
「実は私も仕事がなかった。戦争が終わったから」
ミュウはの本業は傭兵だ。
そして戦争では前線の傭兵部隊に配属された。
「じゃあ、その前は?」
「狩りをしたり。一応冒険者だから」
ミュウは冒険者プレートを出してみせた。
ギルドから出てきたところだ。
三人で仕事を確認して、結局採取をやろうと落ち着いた。
採取場所にはミュウが案内してくれる。
朝霧は弓を抱えながら歩く。
「矢をそんなに持ってたっけ?」
ミュウが疑問を口にした。矢筒には十本の矢が入っている。
こっそりとボックスから出して補充していたが、さすがに鋭い。
「いい森だねえ」
こんな時は天然なベスがありがたい。
彼女はカバンをぶんぶん揺らしながら走っている。
「戦争が終わって矢も安くなればいいんだけどな」
「魔物はいるし、遺跡もあるし狩りもする。矢は安くならないよ」
ミュウも弓使いだが、逃走時に手放したらしい。
ゲームのように簡単に武器は手に入らない。
弓も高価だ。
アイテムボックスがある朝霧は失わずにすんだが、ミュウはそうはいかなかった。
今後はこの街の公共事業などで生計を立てることも考えているとのことだった。
しばらく歩き樹海に入る。
日本のグリーンデザートと呼ばれる杉の山とは違い植生豊かな森。
魔力という要素があるためにこれほどまでに違う。
「ミュウは見張りを重点的に頼む」
「わかった」
一緒に仕事しようとの確約は得ている。
護衛の武力があったほうが採取はやりやすい。
「よし、いくぞ」
「うん」
ベスの気合が入っている。
感知。
半径五メートルを調査、そしてさらに広げていく。
「あそこの木」
朝霧が指さすと、ベスがたたっと走っていく。
「キノコがあったよ」
見ると、倒木に白いマッシュルームが生えている。
「マジックマッシュ。食べるといい気持ちになるやつね」
この街の植生に詳しいミュウが言う。
「そっか、気持ちいいんだね」
ベスはカバンから木で作ったペーパーナイフを取り出し、丁寧に切り取っていく。
朝霧はそれを受け取り葉っぱで作った入れ物に入れていく。
本当はボックスに入れたかったが、今はミュウの目がある。
「こっちがカルナ草だな」
倒木の横に生える反応も感知していた。
朝霧はそれを引き抜き、十本で一束にまとめる。
魔力が薄い草は抜かなかった。取りつくしてはいけないのだとルクスでの反省があった。
「手伝う?」
「ミュウは見張ってて」
採取をするとどうも夢中になってしまう。やはり見張りが必要だ。街の亜人を雇ってもいいのだが、さすがに赤字になってしまう。
しょせん採取。本当なら老人や子供の仕事なのだ。
「これ、綺麗な形」
ベスがマジックマッシュを自慢げに見せてくる。
こぶし大で形も完ぺきだ。それは丁寧に草で包んで形を崩さないようしまう。
「今日はあまり運べないね」
ベスが耳打ちする。
「しばらくはこの森に慣れよう」
本格的な採取はそれからだ。
この森はキノコが多く採取のしがいがある。
「これは?」
「なんかよどんでる。やめておこう」
ベスが指さしたキノコは感知で魔力がよどんで見える。そういった場合毒が多い。
「あれは食べられるよ」
木に生えているキノコをミュウが指さす。きくらげのようなものだった。
「アサギリ」
ベスにせがまれ、朝霧は体を抱えてやる。
ベスは器用にきくらげキノコを採っていく。
体が軽い。もっと食べさせねば……。
ベスを下ろして二人できくらげをまとめる。
さらに感知をしていると、強い魔力を感じた。
「あっち」
たたっとベスが走っていくが、見つからず首をかしげている。
「ほら、その木の根元」
「あ、これか」
それは真っ黒いキノコだった
「石みたい」
「黒キノコ、売れるよ」
ミュウのテンションが少し上がった。どうやら価値のあるものらしい。
そのとき、ひくっとミュウの耳が動いた。
身構えたが、視線の先には鳥がいた。ハトのような鳥が枝にとまっている。
「カルナ野バト」
ハトにさえ街の名前だ。食べるものによって体も変化するからだろう。
「おいしい?」
「うん」
朝霧はそっと弓を手に取った。矢を使うのは久々だった。だが弓のほうはしっかりと整備してボックスに入れていた。まっすぐ飛ぶはずだ。
まずは照準をつける。
まだ弓は引かない。自分の身体強化はコンマ五秒程度の一瞬だ。
ふーと息を吐いて、集中。
その瞬間すべてがスローモーションになった。
ハトに照準をつけたままスムーズに弓を引いて矢を放つ。
ギャアっと声がしたときには、朝霧はほんの少しの頭痛を感じた。
魔力消費の代償。そしてノバトが落ちた。
「すごい!」
ベスが犬のように走っていく。
「使える、のね」
ミュウが驚いている。
「まあね。採取の一環だから」
この弓は弦を強めに張っている。
ギフトなしの無能な召喚者として弓の技術もたたき込まれたことが幸いした。
「軍の支給品だけど少し改造したんだ」
「ちょっと大き目ね」
弓談義をしているとベスが戻ってくる。
「アサギリ……」
困惑顔のベスは撃ち抜かれたノバトに引いている。
「あ、うん」
受け取ってみたものの自分も苦手だ。
そしてまだ息がある。生きるためとはいえかわいそうだ。
これはどうすればいいか……。
異世界にきてまだ半年。都会生活の理性が残っている。
「なんかかわいそうね」
「そうだな」
殺してよかったのか。
葉っぱやキノコだけ回収していればよかったのではないか……。
小川のほとりだった。
川辺に生える大量のクレソンを採取して戻ってくると、すでに準備はできていた。
「わあ、いい匂い」
ベスが焚火でハトが焼いている。すべてミュウが処理をしてくれた。
「やっぱりこれが自然の節理だよな」
羽をむしり肉から内臓を取り出し、ミュウが手際よくさばいてくれた。
肉は少し小さめに切り、串にさして朝霧が焼いていた。
内臓もレバーやハツに分けている。
「内臓は下品なの。奴隷の食事になるぐらい」
ミュウはちょっと苦手らしい。
「いや、充分おいしいよ」
感知能力も使って安全は確認している。
ポーチから小分けにした香辛料と塩で朝霧は味付していきくるくると裏返す。
脂の焼ける匂いがとてもいい。
鍋には鳥の骨と山菜をぶち込んでスープを作っている。
「そろそろいいぞ」
もも肉の焼き鳥をミュウとベスに渡してやる。
「うわあ、おいしい」
ベスの笑顔に疲れが吹っ飛ぶ。
警戒していたミュウも一口食べたら勢いが止まらない。
「ほらスープも」
葉っぱで作った入れ物によそってやる。
……未だに食器は葉っぱは貧乏っぽいか?
「スープもおいしい。世界一のスープだねえ」
ベスは朝霧を褒めて伸ばしてくれる。
「おいしい。でも世界一じゃない」
ミュウが余計なことを言った。
「そこはスルーしようよ、ミュウ」
「世界一のスープは決まってるの。それは勇者のスープ」
ミュウの言葉に引っ掛かった。
「なんだそれ」
「勇者が考案したスープと呼ばれ、海の乾物とかキノコとか材料が百種類ぐらいいるの。作る時間も三日間ぐらい」
「すげえな、レシピはわかる?」
「すべて覚えてない。大きな街の図書館にあると思うけど。……あの黒キノコもその材料の一つだったかな」
「そうなのか……」
「でもね、作るのは不可能とされている。だってすべての材料を集めるには時間がかかり、最初に集めた素材は腐っちゃうから。でも、どうやってか勇者はそれを作った。伝承でしかのこっていなかあったけど、教会のシスターがあまりの美味しさに卒倒したとされるほど。その複雑な味は表現できずに世界一、としか表現できない」
「なるほど」
ごくりと朝霧は喉を鳴らした。
思った。
自分なら勇者のスープを再現できる。
何故ならば無敵のアイテムボックスがあるからだ。
「ベス、飲みたいか?」
「うん」
ベスの目がきらきらとしている。
旅の目的がもう一つ増えた。
なんとしてもその勇者のスープを作ってやる。
時間はあるのだ。
これはスローライフなのだから。