17 銭湯へ
「楽しかったね」
「そうだな。やっぱり俺、いろいろなの集めるの好きだな」
あの雑貨屋の店主に買い取られてよかったと思う。アイテムボックスの中に死蔵するよりも、世に出したほうがいい。
朝霧はすっかり軽くなった布袋を担ぎながら街を歩く。
足取りも軽く街を散策していると、ふと公共浴場が目に入った。
言い訳程度の木の柵があるだけの露天風呂。無料開放されているようだ。
「風呂か。石鹸もあるし行ってみるか」
「あそこ、亜人用」
ミュウが言った。
「じゃあ俺たち、駄目なのか」
「駄目じゃないけど、あなたたちが嫌でしょ」
「なんで?」
朝霧は首をかしげる。
「なんでって……」
「無料だよ。お金払わなくていいんだよ」
ベスが言う。なんだか苦労を掛けているようで申しわけない。
「一応男と女って別れてるんだな。なあ、ベスのこと頼めるか?」
朝霧はミュウに布を渡してやる。
男と女のマークは朝霧が見慣れたものだ。露天だが更衣室がちゃんとある。
「いいけど、でも……」
「頼んだぞ」
更衣室と言っても柵で区切られただけのスペースだ。基本的に荷物はかごに入れて持って入るようだ。盗難防止対策だ。
朝霧は裸になると、かごを担いで風呂スペースに向かった。
「あっ」
石鹸はベスだった。だが今さら戻るのも面倒だ。
と、露天スペースには先客がいた。
風呂につかっていた亜人たちがぎくりとした様子でこちらを見る。……ん、もしかしてこれは混浴か?
「どうしたの?」
振り向くとベスがかごを持って立っていた。
脱衣スペースだけ別だったのか。
「いや、ちょっと予定と違っただけ」
朝霧はタオルを自分の腰に巻く。
かごは竹のような素材の棚がありそこに置くようだ。
「盗まれることはないから心配ないけど気をつけて」
かごを抱えたミュウが言った。
慌てて目を逸らす。思ったより華奢だった。そして体は女性だ。人間と同じくふくらみがあり、肌はとてもつるつるしている。
「なんか、警戒されてない?」
「平気。事情を話しとく」
ミュウは先客の亜人たちに近づいていく。
この街は亜人が珍しくないようだ。
「アサギリ、洗ってあげる」
ベスが石鹸を持っている。そうだ、体にまとわりつく脂を流したかった。
ここはお言葉に甘えてベスに背中を流してもらう。雑貨屋で買った石鹸は香りはないが泡立ちはいい。
「ああ、いいな……」
ベスが献身的に体を洗ってくれる。
そのとき、湯船の亜人たちと目が合った。
彼女たちは人間に近かった。この世界で一番強いのは知能をもった人間。そして人間との子供を残すために人間に近い体をしている。
「次、前洗ったあげる」
無邪気なベスの声。
「駄目だ。今は駄目だ」
亜人たちが顔を赤らめている。その視線の先は朝霧の股間だった。
まずい……。
立ち上がった朝霧は、桶で泡を流すと湯船に飛び込んだ。
「アサギリ!」
ベスが怒っているがしょうがない。
大きく息を吐いて横を見ると、ミュウがいた。
朝霧の視線にさっと胸を隠した。
「変態だな」
ミュウの顔が少し赤かった。
*
「基本的に亜人に発情する男は少ない」
風呂上り。街の風が優しい。
「あそこで大きくしたら、行為をしてもよいと受け取られる」
隣を歩くミュウの声が冷たい。
「でも、亜人って人間と恋愛するんだろ」
「恋愛ではないの。種を貰うだけ。できるだけ強い人がいいけど、亜人を性的な対象にする人間は少ない」
「大きくって?」
「ベスは知らなくていいのだよ」
無邪気なベスを制する。
高校生なのだ。一番元気な時だ、仕方がない。
ちらりとミュウを見る。今は革の胸当てなどを装備しているが、とてもスレンダーだった。
「私がいなかったら襲われてたから気をつけて」
「うん、わかった」
別に襲われてもいいのだが、という言葉を飲み込んだ。
「でも、亜人のことは嫌いじゃないのね」
ミュウはそう言った。
「俺はよく知らないけど、亜人たちもミュウも綺麗だと思うよ」
ミュウの耳がぴくっと動いた。
「うん、可愛らしいよね」
ベスも賛同してくれる。
「わかった、許す」
何かわからないが許された。
「一応さ、金も入ったし飲みたいな。おすすめの店ある? この街までのボディーガード代としておごるよ」
朝霧は話を変えることにした。ミュウはこの街に住んでいたという。
「あの店、おいしいかな。亜人も働いてる」
朝霧たちはミュウのすすめられたまま店に入る。
そこは水道橋の下に設置された店だった。
なんだかガード下の居酒屋を思い出す。
店の中は少し混雑していたので、外のテーブルに座る。すぐに亜人のウエイトレスが駆け寄ってきて注文を取ってくれる。
「お金ないけど」
「いいって、払わしてくれ」
強引にミュウにエールを握らせる。ベスはジュースだ。
「乾杯」
新しい街に来た乾杯だ。
「ああああああ」
風呂も入ってエールが染みる。
「おいしいね」
ベスも笑顔だ。つられてミュウが小さく笑った。
料理はルクスと違った。
「この玉ねぎみたいの香りがいいな」
さらにチーズがかけられている。ルクスではチーズはほとんど出回っていなかった。
「ヤギのチーズね」
「ヤギいっぱいいたもんな。……エールに合うなあ。でもこの玉ねぎ、少し痛んでないか?」
「カルナの花。森に行けば手に入るけど足が早いの」
エールを飲んで少しだけミュウの口調がなめらかになっている。
「花なのか。そういえばギルドの依頼にあったような気がするな」
「栽培もできるけど、これは森のもの。栽培したカルナの花は香りがまったくない。やっぱり樹海でなくてはいけない」
「そっか。じゃあ取りに行くか」
少しやる気が出てきてた。
「うん、頑張ろう」
ベスはカルナの花を気に入ったようだ。ヤギ肉の煮込みも臭みがあるがエールで流し込めばいい。
他にもモツの煮込みなどが出てくる。塩ベースで香辛料で臭みを消している。これもまたエールに合う。
「貧乏な亜人が多いから、肉は回ってこず内臓なの」
「いや、内臓ってけっこうおいしいぞ。味噌とかあればなあ」
もっとうまく調理できるはずだ。
野生の臭さをエールで流し込む。
なんだか幸せだ。
顔をあげると、ミュウと目が合った。
すっと目が逸らされる。なんだか雰囲気が変だ。
「なあミュウ」
「ん?」
「俺たちもうしばらくこの街にいるけど、その間だけでも一緒に行動しないか?」
「……うん」
ミュウはうなずいた。
その言葉を待っていたのかもしれない。
旅という時間が少しだけ関係を滑らかにした。
朝霧はエールのお代わりをして、ミュウとカップを合わせた。
……飲みすぎたかもしれない。
すでに夜だった。
「今から宿を取れるだろうか」
「だから飲みすぎちゃ駄目って言ったのに」
ベスがむくれている。
「うち、来る?」
ミュウが振り向いた。
「うちって、家持ち?」
「いえ、レンタルだけど」
それでも家を持っているのか。
いいのだろうか。女の子の家に入ってしまって。
「そうしよう」
ベスが素直に反応した。まあベスがいればあやふやになるか。
ミュウに先導され歩いていく。
だが宿などはない。街のはずれだ。
大きな樹が生えているだけの場所。
「亜人はね、木に住む」
見上げるとハンモックが張られた樹が多くある。亜人たちのねぐらだった。
「なるほどね」
「無料で亜人は借りられる」
「無料!」
無料の言葉にベスが飛びついた。
そんな様子を見て明日から仕事を頑張らねばと思った。