16 第二の街・カルナ
カルナはルクスよりも大きな街だった。
小高い丘から流れる滝から水道が引かれ、街を潤している。
ルクスの街と同じように段差を利用して上水と下水を流す清潔な街だった。
うれしいことにここにも温泉があるらしい。
カルナの門は問題なく通り抜けられた。
砂漠の横断に成功した傭兵や亜人もいるらしく、王国から保護が言明されているようだ。
切り捨てておいて……という怒りは飲み込む。
「俺たちはギルドに行くけど」
約束はこの街までだった。
「しばらく一緒に行動する。亜人だけだと面倒なことになるし、もしかしたら逃げてこられた仲間がいるかもしれない」
「そうか」
旅を通じて一緒に街を歩いてくれるぐらいの関係はできたようだ。
「それに……」
ミュウは何かを言おうとして、止めた。
「綺麗な街ね」
ベスだけはいつも通りだ。
いや彼女なりに気を使っているのかもしれない。
ミュウが同道してから雰囲気がやはりぎこちない。
それにアイテムボックスをむやみに使えなくなって朝霧も苦労していた。
「いい街なのは確かだな」
ルクスと違って道が石畳だった。この街の近くに採石場があるのだろか。用水路沿いには黄色い花が咲いている。街の中心部に世界樹ほどではないが、巨大な樹の輪郭が見えた。
「ファンタジーだなあ」
朝霧はうなずきながら歩いた。
三人はギルドに向かう。
門で冒険者プレートを提示してギルドの場所を聞いていた。
ツタの絡まった石造りの建物がギルドだ。
翼の旗印。情報を飛ばすというイメージなのかもしれない。
ちょうど昼でギルドの中は閑散としている。
だが大きい街だけあって雰囲気はよかった。依頼も整然と並んでおり、酒を飲んでる冒険者の姿もない。
それでも情報交換用のスペースがあり、カンターの向こうでは職員たちが物資や書類の整理をしていた。午前の搬入が終わったところなのだろう。
声をかけると女性の職員が対応してくれた。
若い女性だ。
「えっとルクスからです」
朝霧はルクスのギルドからの手紙を差し出した。
こうしてギルド間で情報交換を行う。手紙の手間賃ももらえるので両得だ。
「あと、来る途中で集めてきたんですが、採取依頼と被ってるのあります?」
朝霧は布袋を開いて見せた。
森で薬草やらハーブやらを採取してまとめておいたものだ。
「カルナ草はあるわね」
やはり街の名前だ。ルクスと同じくタバコとして使うものだ。
「こっちの薬草はちょっと鮮度が。このハーブは卸してほしいわ」
などとてきぱきと整理してくれる。
手紙の運び賃と合わせて銅貨が六枚。こんなものだ。
「ねえ、リンゴは売らないの?」
ベスが背伸びをして耳打ちする。
「いや、やめよう」
あれはさすがに怪しまれる。それにミュウに与えた残りをベスと食べたが、とてもおいしかった。あれは売るのはもったいない。
「今後は採取を?」
冒険者プレートを確認した女性職員が手紙を確認しながら聞いた。
ルシアが朝霧の仕事のことを書いてくれていたようだ。この手紙は紹介状でもある。信用できる冒険者であると。
「そうですね」
「採取は多く残っているので助かります」
女性職員が壁の依頼を指さし笑う。
やはりこの街でも採取は人気ないらしい。
「任せてください」
朝霧はおすすめの宿や酒場、道具屋の情報をきいてからギルドを後にする。
カルナの街は大きめの雑貨屋があり商人も出入りしているようだ。希少な鉱石などが採掘されるという。
「雑貨屋でベスになんか買ってやろう」
「別にいいよ。でも、見るのは楽しいよね」
二人で教えられた雑貨屋に向かう。ミュウはその後ろをついてくる。
石段を下り、街の下側に雑貨店はあった。
店の庭にテーブルが置いてあり、この街の女性たちがお茶を飲んでいる。なんだかとても雰囲気がいい。
扉を開けて中に入ると、棚に様々なものが並んでいた。
ルクスとは品ぞろえが違った。
「すごいね」
ベスは棚に並べられた原石などを見ている。
「ルクスから来たのか?」
眼鏡をかけた老人の店主がこちらを見た。視線の先は朝霧の革のポーチだった。
「そこで買ったんです。それでルクスから色々と集めたんで買い取ってもらえればと」
「見せてみろ」
興味を持ったようで、店主がカウンターを指さす。
朝霧は布袋から、集めてきた鹿の角や蛇の皮、石やらを並べていく。
「よく、まあ見つけたな」
呆れたように蛇の抜け殻をつまんでいる。
「使えます?」
「装飾品になるからな。王都に持ってたほうが高いがな」
店主はなんだか楽しげだ。朝霧のコレクションを一つ一つ丁寧に眺めている。
そんな間に朝霧も店を見る。
「これ、いいね」
ベスが指さしたのは金属の小さなハサミだ。確かにこれがあれば便利だ。他に気になったのは石鹸だ。現代っ子の朝霧は綺麗好きなのだ。石鹸で体を洗いたいと思った。布でこすってはいるものの、なんだかさっぱりしないのだ。
そういえば短刀とナイフは持っているが砥石はなかった。ここで買ったほうがいいだろうか。
「おい、ルクス草を持ってきたのか」
声に向くと、いつの間にか店主が勝手に布袋を漁っていた。
「あー見つかったか」
朝霧はわざとらしく言った。
「ルクスのもいいんだよな。にしても鮮度がいいな」
ルクス草などを含め、街の前でボックスから布袋に移したのだ。
「状態のいいやつを抜いてきたんで」
「これ含めて銀貨三枚だな」
店主はすべてを買うつもりだ。内訳はよくわからないし、それが正しいのかも判断できなかった。やはり採取の能力ばかり頼っていてはいけない。こうして直に商品を見て、相場などをしっかりと学ぶことが必要だ。
「黒石、もっと価値がない?」
ミュウが指さしたのは小川で拾った黒曜石のような石だ。
「黒石っていうんだ」
「これ、割って鋭くして矢じりに使うの。硬いけど割れやすいから、破片が敵の体に残ってやっかいで、よく使われる」
さすがミュウはよく知っている。
「だがな、戦争はもう終わった。需要と供給ちゅうもんがある。別に売ってくれなくてもええぞ」
店主の言うことももっともだった。
「まあ言い値でいいですよ。これ以外をまとめて」
朝霧はルクス草だけ回収した。
「待て待て。それはないだろ」
店主ががしっと手をつかむ。
ルクス草は基本的にルクスで消費され、この隣町でさえなかなか来ない。
そんなやり取りを続け、結局物々交換となった。
朝霧たちはベスの気にいたハサミと石鹸、砥石と木製の木箱をいくつか手に入れた。木箱は小さな木の実を入れようと思っている。アイテムボックスの中を乱雑にしたくないのだ。
石鹸などをベスのカバンに入れていると、店主が懐かしそうに笑った。
「それ今頃売れたのか」
やはりルクスの革職人と知り合いだったようだ。
「まあ、大事に使ってもらってよかっただろ」