15 亜人ミュウ
朝霧たちは亜人を介抱してやっていた。
急いでベースを作り、彼女を寝かしてベスがエールを飲ませようとするが、何故か拒否している。
朝霧は焚火を作ってパンがゆを作っていた。
ずっと何も食べていない状態だったらしい。だったら固形物を与えるのは危険だ。
パンをちぎりヤギの牛乳とハーブで味を調える。
「私たちは切り捨てられた」
ミュウと名乗る亜人がうめく。
「無理にしゃべらなくていい」
「報いを受けた」
彼女も朝霧のことを覚えていたようだ。
あの戦争の混乱の際に、朝霧はすべての物資を傭兵部隊に奪われた。
それからミュウを含む傭兵部隊は西の見張り台まで到達したという。
その後は、奴隷の亜人たちに馬を引かせて砂漠の横断が始まった。
亜人たちは水の一滴も飲ませて貰えず倒れていった。
馬も倒れ、血と肉に替えられた。
悲惨な行軍だったらしい。さらには人間同士で水の奪い合いが起こり混乱した。
そして一部の人間が物資を持って逃走した。
「私は残された。残った仲間たちで水を探したけど何もなかった。ただ運がよかったのはサボテンを見つけた」
死の大地に唯一生えるサボテン種。
それで水分補給をして、亜人たちでまとまって砂漠からの脱出を目指した。
「そして森についた。だけど私は一人だけになっていた……」
森で水は補給できたが、食べ物はほとんど見つからなかった。
そしてさまよい続けて朝霧たちと出会ったということだ。
「仲間たちに謝りに行く」
ミュウが目を閉じる。死んだ仲間に会いに行くとの意味だ。
「馬鹿、もう少し頑張れ」
朝霧はパン粥をミュウにすすめてやる。だか彼女は首を振った。
「施しは受けん」
こけた頬だが、目の力は強かった。
「施しじゃない。とにかくエールを飲め」
「私はもう奴隷じゃない」
体は動かずとも敵意はむき出しだった。
「こいつ猫っぽいから許してやってるのに……」
「猫じゃない、先祖は神聖な虎だ」
「意地はらないで!」
ベスの大声に朝霧はびくっと驚いた。
ベスはパン粥をミュウに押しつける。
「食べてから怒ればいいじゃん。まず食べて」
ミュウは力なく首を振った。
「食べられない。ずっと何も食べなくって拒絶する。山菜とかも食べたけど全部吐いた」
飢餓症状の末期だ。
どうすればいいだろうと考え、朝霧はあのリンゴを取り出した。
女神からの勇者へのご褒美。
ナイフを使って慎重に皮をむき、一口サイズに切ってやる。
「ほら、口に含んでみろ」
ミュウは顔をそむけたが、ひくっと鼻が動いた。
リンゴの甘い香りが漂っている。
「ほら」
「いらん」
だが、ミュウの口は半開きだ。
そこにリンゴを無理やりこじ入れる。
「ゆっくり、ゆっくり噛んでみろ」
しゃりっと音がした。
其の瞬間、ミュウの目から涙がこぼれる。
「おいしい」
「その調子だ」
朝霧はリンゴをミュウに食べさせてやる。
ごくんとミュウが咀嚼した。固形物が入っていく。
ミュウの顔色がよくなってきた。
赤いリンゴの魔力のおかげだろうか。
「ゆっくり休んで。安心していいから」
ミュウはベスに手を握られ、目を閉じた。
*
夜になってミュウは目を覚ました。
パン粥を温めてやったら、それも食えるぐらいには回復した。
ミュウは皿代わりの葉っぱを持ったままつぶやく。
「私は人間が嫌い。あの戦争でさらに嫌いになった。この世界の人間も、そして異世界の人間も」
ミュウがちらりと朝霧を見る。
「でも、助けてくれた恩には報いたい。でないとあいつらと同じになる」
「ミュウはどこに向かってた?」
「カルナ。そこに住んでいたことがあるの」
では目的地は同じだ。
「じゃあ頼みがある」
朝霧はハンモックで眠るベスに目をやる。
「俺たちは二人でちょっと大変だった。だからカルナまで同行してほしい。食べ物はまかせてくれればいい」
「もう、私は仲間を作りたくない……」
「一緒の方向に歩くだけだよ」
朝霧はベスを起こさないよう囁いた。
「俺ももう国が嫌いになった。でも、この世界まで嫌いになってない」
だからこの世界を旅しようとしたこと。
そして国の兵士として戦った懺悔もした。
切り捨てられた者同志だった。
「そっか、旅か……」
ミュウは平坦な表情でうなずく。
「カルナまでなら」
それから旅は三人になった。
ミュウは普通に動けるまでに回復し、夜目が利くらしく見張りも買って出てくれた。
亜人がいるだけで夜の森の安堵感が違う。
そして旅を続けるうちに、ミュウの深い傷を知った。
毎晩のようにうなされるミュウ。
死んでいった仲間への懺悔と、捨てた相手への憎悪と呪詛。
戦争の傷跡が、とても深く彼女に刻まれていた。
思った。
ミュウを生き残らせたのは復讐の心だ。
希望をすべて失い残されたのは憎悪。
それだけで彼女は生きている。
そんな感情とともにカルナの街へ……。