11 旅へ
それから数日。
朝霧たちは旅の準備すすめていた。
そして朝のバザーで食材を買い込む。
採取で採れるものは自分で集めたので、欲しいのは肉や加工品だ。
干した川魚やウサギの生肉、ルクスの実を漬けたようなものなど。
他にも木の繊維で編んだハンモック、そして布などを買い込んだ。
「旅は物入りですね」
「そうだな」
ベスと朝霧はうなずく。
せっかくの貯金もなくなっていく。
ふと思い出してカバンを買った店にも顔を出した。
「おう、お前か」
相変わらず不愛想で黙々と作業をしている。
「これ使いやすいです」
ベスが言うと、老人は笑顔になる。
「そうか、よかったよ」
……このじいさん、態度を変えすぎだろう。
「今日出ていくことになったから、挨拶していこうと思ってさ」
朝霧はルクス草の束をカウンターに置いた。魔力が多く含まれた質のいいものだ。
「おう、なんか欲しいものはあるか。まけてやるぞ」
「針が欲しいんですよね」
布を買ったので、それでベスの下着を作ってやろうと考えた。
この街には女の子の下着店などなかったからだ。
毎晩ノーパンで過ごさせるのはさすがに気が引けた。
店長はしばらく考え、引き出しを開けた。
「これを餞別代りにくれてやる」
皮のケースに針と糸が入っている。意外にしっかりとしたセットだ。
これで下着も作れ、細々とした補修もできる。
朝霧はケースをポーチにしまいお礼を言った。
ついでに端材などももらってしまった。
「アストリアっていう街を知ってるか?」
ふと老人が聞いた。
アストリア。王都の近くにあった商業都市だったか……。
「名前ぐらいは」
「そこに俺の弟子がいるはずだ。どうなったかわからねえがな。それはそいつのだから、値段交渉はそいつとしろ。そして手紙ぐらい送れと言っとけ」
「なるほど」
「弟子の名前はラグだ」
このソーイングセットは手紙がわりか。
「その街に行くことがあったら革細工の店を探して渡します」
そう約束した。
「それではお世話になりました」
ベスと一緒に頭を下げて店を出た。
老人はこちらを見ることなく、ただ小さく手を挙げただけだった。
「アサギリ、裁縫できるんだね」
「いや、苦手だけどやるしかないよな」
「じゃあ、一緒に練習しよう」
ベスはとても前向きだ。
そして次はあの店に。
昼前なのでまだ客はいない。だが店内に漂う肉のこの香り……。
「おお、来たか!」
厨房から顔を出したのは店主だ。
昨日の夕方に街を出ていくことを伝えている。
心残りはチリコンカンだった。
久しぶりに作る料理に試行錯誤を繰り返したらしく、ついに食べることができなかった。
「手紙ですよね」
手紙を届けてほしいとのことで寄ったのだ。
「ベルロラの兄弟子に届けてほしいんだ」
店主が封筒を差し出す。
ベルロラは朝霧たちが目指す街なので、快く店主から手紙を受け取った。
「配達料金はこれだ」
そして店主が出したのはコルクで蓋をした壺だった。
「……もしかして?」
「できたから持っていけ」
チリコンカンだ。この店主が勿体をつけて最後まで食べさせてくれなかった肉のスープ。
ほとんどあきらめていたが味わえるのだ……。
「本当ならヴェルダンの師匠にも味を見てもらいたかったな。一緒にこの街で兵士たちの食事を作って、そして戻っていった。俺もこんな小さな街から出て王都で働くべきだったが、やっぱり故郷を捨てられなかった……」
また遠い目をしている店主を横目に壺を大切にザックに入れる。
店主の思い出はともかくチリコンカンは大切に扱わねばならない。あとでボックスに移そう。
「とにかく、うまいステーキを食うなら……」
「ヴェルダンですよね。もしも師匠がいたら挨拶しておきますよ」
「いや、別にそこまでしなくていい」
微妙に店主が挙動不審になった。
「とにかくありがとうございました。この街で楽しく働けたの、晩飯がおいしかったからです」
朝霧はベスと一緒に頭を下げた
「おう、また来いよ」
店主は照れたように笑うと、厨房に引っ込んでいった。
こういった別れが苦手なのかもしれない。
その後、店を出た朝霧はギルドに向かう。
今ではすっかり綺麗になった空間に入り、情報料を払って地図を確認させてもらう。
ギルドで共有している野盗や猛獣出現場所をチェックする。
ここからカルナまでのルートには問題が発生した様子はなかった。
「カルナ?」
ルシアが地図を覗き込んでくる。
「カルナを介してベルロラに。俺たちは馬がないからな」
ルシアはすでにこの街で馬を手に入れてる。さすが騎士だ。
さらに王国が整備した道を通れるので、その気になれば王都には戻れるはずだ。
きっとここでお別れだ。
「じゃあ、ギルドからの依頼として手紙を持って行って。情報を流通させるのも冒険者の仕事だから」
ルシアはカルナのギルドへの手紙を差し出した。
「じゃあな、ルシア」
手紙を受け取り、言った。
「ええ」
彼女を助けてよかったと心から思う。
見捨てていたら、彼女を誤解したままだった。
「さようならルシア」
ベスが頭を下げた。
「よい旅を」
ルシアは答える。
*
門を抜けて森に入る。
しばらくは見慣れた道が続く。
採取のためによく利用した道。
そしてカルナまで道は続いているはずだ。
樹海が作った道。
人の行き来が少ないが、道は消えない。
それは森が人の動きを望んでいるからではないか?
森の道は血管だ。そして人間は情報を運ぶ血液……。
「足とか痛くなったら言うんだぞ」
「平気」
ベスはカバンを揺らして楽しそうに歩いている。
こうして二人で旅をするのは初めてだった。
ベスをボックスから出したのはルクスの前だからだ。あの時はどうなるのかと思ったが、街の生活で距離が縮まった。
「これ食べれるやつだね」
「今日は採取じゃないぞ」
それでも道端の山菜やキノコなどは摘んでいく。
しばらく歩くと見慣れた風景が消えた。
ルクスの森から出たのだ。ここからは未知の領域だ。
ザックはボックスにしまっている。
抱えているのは弓だ。危険があればこれでベスを守るしかない。
休みを取りながら半日ほど歩くと小川に出た。
「ここでいいか」
そばには大きな樹もありハンモックを張れる。少し早いが夜営の準備をすることにした。
そうと決まれば準備だ。
ハンモックを張って焚火の準備をする。
ベスは小川で裸になって服や下着を洗っていた。
そばから離れるなと言ったが、目の前で裸になられると目のやり場に困る。
まあ、相手は子供だ。年齢は不詳だがただの子供だ……。
朝霧は周囲を確認してからボックスを出す。
中からベーコンと卵を取り出した。
中古で買ったフライパンのような鍋で作るのはベーコンエッグだ。さらに途中で採取したキノコを小さく切ってベーコンの油で焼く。塩と香辛料を振りかけ味を調える。
その横でぼこぼこの鉄カップでお湯を沸かす。ハーブのお茶はベスの好物だ。
ちなみにキノコに毒がないのは確認できている。毒は感知能力でなんとなくわかるのだ。
「おいしそう」
服を洗い終わったベスが、パンピースに着替えて寄ってきた。
「ちゃんと髪も拭きな」
ベスが朝霧の横に座ったので、布で髪を拭いてやる。
いつの間には日が暮れていた。
焚火の爆ぜる音と小川の流れる音が聞こえる。
「大丈夫だからな。俺が見張ってる」
「ん?」
ベスはきょとんとした顔をした。
「平気よ。森は私たちの味方だから」
森で暮らしていたベスは平然と言った。
そうか、都会人の朝霧よりもよっぽどベスはたくましい。
そのまま二人で夜ご飯を食べる。
「おいしい」
ベーコンエッグが好評だ。硬いパンに脂をつけて食べるとこれもうまい。エールを飲みたかったがそこはぐっとがまんする。
ここは外だ。だが実は樽ごと買ってきていた。それができたのはアイテムボックスの能力。
……便利すぎる。
ゲームでは何のことのないこのシステム。だが現実で手にしたら世界はがらりと変わった。
旅で一番問題なのは重量だ。それをボックスが解決してくれた。
「はあ、食後のお茶がいいねえ」
ベスがふうっと息を吐く。
少しおっさんぽく笑ってしまった。
「ん、なんですか?」
ベスがむっとしている。
「いや、旅も悪くないなって思った」
「うん、そうね」
そのまま火は消さずに残した。
赤外線となった赤い光が闇に浮かび上がっている。
二人は抱き合うようにハンモックで寝ていた。
すでにベスの寝息が聞こえる。
朝霧は目を閉じながらレーダーの能力を使う。
夢と現実を行き来しながらその能力を使うと、なんだか心地いい。
夜の森の情報はとても優しかった。
ベスの言ったとおり森は味方なのだ。