10 ご飯
基本的に飲んで食べてのスローライフです
先にルシアが待っていた。
行きつけの酒場兼定食屋だ。
「今日は、おごるから」
「そっか」
あまり借りを作りたくなかったが、そんなことを言っている場合ではない。自分だけならいいが育ち盛りのベスもいるのだ。葉っぱをサランラップのように使い、明日の朝ごはんを取っておく彼女の行動は少し惨めに感じることもあった。
そもそも記憶を失ったベスは貧乏からスタートなので遠慮ばかりしている。
「このお姉ちゃん金持ちだから、いっぱい食べていいて」
「本当?」
「ええ、金持ちではないけど」
ルシアが笑顔を作る。ずっとルシアは笑顔の作り方を知らないだと思っていたが、ただ在庫が少なかっただけなのだ。
今日はエールをちびちび飲む必要はないと、三人でカップを合わせて一気にあおる。
「ああっ」
働いたからうまい。店に行って浴場には行けなかったがそれでもうまい。
「私もおいしく感じる。働いたあとはおいしい」
ルシアも素直に言った。
「ルシアは公務員だろ」
「でも、ずっと気を張っていて、こんな充実感はなかった」
「なにしんみりしてるんだ」
大男の店長が料理を運んでくる。メインは肉のステーキだ。
「お嬢ちゃんがギルドの冒険者の尻たたいてくれたから、いいのが手に入った」
なるほど、バッファロー狩りに成功したらしい。
肉を切り、血のソースで食べる。とても濃厚だ。この辛い香辛料は朝霧が採ってきたものかもしれない。それがとても肉にあう。
「おいしいね」
「ああ、やばいな」
ベスと朝霧は肉をがっつく。
「本当にうまいステーキを食べるならヴェルダンだ」
店主が言った。
「ヴェルダン?」
「ずっと北の街だ。肉をうまく焼ける男のいる数少ない街だ。俺はそこで修行してきたんだよ」
「へえ、肉を焼くのに修行とかあるんですねえ」
「シンプルな料理こそ奥深いんだよ。本当なら俺は王都のコックになるはずだったが、やっぱり故郷で料理をしようと戻ってきたんだ……」
なんだか店主が遠い目をしている。
「あっ、そういえばこれ」
朝霧はザックから葉っぱの包みを取り出した。
「おお、見つかったのか?」
中身を確認した店主が目を丸くする。
サーベルタイガーを見つけた帰りにチリの実を見つけたのだ。
「これがあればチリコンカンができるじゃねえか」
「明日の夕方に食べられます?」
「おう、まかせておけ」
こんな大男が子供のような笑顔を浮かべると、採取してよかったと心から思う。
「南は山に阻まれ東は砂漠。この辺境では肉がなかった。そんな兵士の腹を満たしたのがチリコンカン……」
店主が熱く語っている。
昔はこの街は百年戦争での拠点でもあった。砂漠を縦断する線路が完成してお役御免になるまで様々な職人がそろっていたようだ。
そんな話を、ルシアは複雑そうな表情で耳を傾けていた。
そして店主が厨房に戻ったのと朝霧たちの腹が落ち着いたのを見計らい、口を開く。
「戦争が正式に終わったって」
ダークエルフとの百年戦争の終決。
ドルフィア王が正式に発表したようだ。
「詳細は不明だけど、この街のギルドにもハトが飛んできた」
ダークエルフの森は焼け、残ったエルフはさらに深く撤退ていったらしい。もうそこは未知の領域だ。そして砂漠の馬車道は撤去され、ただの乾いた死の大地となった。
「軍隊にも被害が出たみたい。撤退情報がうまく伝わらなかったと」
「伝わらなかった、か」
きっと思う。戦争が終わり、次は王国内での権力闘争が始まった。
邪悪な蛇たちはお互いの食い合いを始めたのだ。
「魔王攻略は?」
「実は魔王が生み出す魔物に特需があるの」
魔物のことは詳しく知らなかった。
「魔物とは魔法生物。体に魔石と呼ばれる生命の力を入れられ、戦う」
「電池のようなものか」
「肉は食用にはならない。でも皮や牙、手足の健は素材となる。なにより魔石が貴重品。その解析が今でも続けられている」
「つまりさ、魔王がいるほうが都合がいいのか」
「そうね」
魔王を倒せば、次は人間同士の戦争だ。王国領の周辺には未開の部族もいるらしいし、北側には帝国領が広がっている。
それらは魔王という共通の敵がいるからこそ、団結しているともいえる。
「魔物か……」
「興味あるの?」
「素材にな。採取が趣味だから」
「そうね」
ルシアが小さくうなずき、ビー玉ほどの石をテーブルに置いた。
「これが魔石。大した魔物じゃないから価値もないけど、よかったらあげる」
「いいのか」
それは真っ黒い石だった。いや、よく見ると光を放っているような。
魔力の電池。そんな印象だった。
「その代わり聞いていい?」
自分の能力のことだろうかと少し身構える。
「そろそろ街を出るつもりでしょ。目的地は?」
そんな質問だった。
「北のベルロナっていう街を目指したい。理由はそこにエルフの賢者がいると」
朝霧はちらりとベスを見る。
――ベルロナのエルフの賢者を頼れ。
ラックストーンとベスを朝霧に預けたあの老エルフがそう言っていた。
「ベルロナ。遠いわね」
「だから、次はカルナかな。カルナの街を通ってそこに行く」
徒歩なのだ。街を経由して旅するしかない。
「なるほど」
ルシアはうなずいている。
「あの……」
ベスがルシアをじっと見ていた。
「ん?」
「お肉、少しだけ持って帰ってよいですか?」
ベスがラップ代わりに葉っぱを出している。
「どうぞ」
なんだか胸が痛い。これも貧乏が悪いのだ。
もっと、もっと稼がねば……。
*
「さっきも言った通り、次はカルナに行こうと思うんだ」
「ええ、わかった」
ベスは宿で用意してもらったお湯で下着を洗って干していた。裸に寝巻の小さなワンピース姿なので目のやり場に困る。
変えの下着は欲しところだ。というか買ってやって当然のものだった。
「この街も暮らしやすいですけどね」
「あまり滞在しすぎてもまずいよ」
ルクス草の群生は、朝霧が取りつくしてしまった。
そして時間がたつほどボックスのことがばれる可能性が上がる。
「どうせなら大きい街で、家でも借りたいよな」
「いいですね。はい、アサギリも脱いで」
ベスが朝霧の下着を洗ってくれようとする。
「自分でやるから」
「私の仕事です」
仕方ないので替えの下着に履き替えて、それを渡す。
旅をするにあたって役割分担を決めようということになったのだ。
朝霧は採取をするかわりに、ベスは身の回りの世話をすると。
ベスが桶で洗っているが見えた。
短いワンピースの裾からベスのお尻が見え、慌てて目を逸らす。
朝霧はボックスの整理をすることにした。
周囲を確認してからボックスを出す。
大量に入っているのは葉っぱだ。乱雑にならないようまとめて一つ一つにタグをつけている。皮の水袋には一つだけ水を入れている。このボックスを調べた結果、どうも時間が停止するというか緩やかになるようだ。なので鮮度も落ちにくい。
ルクス草も五十束ほど確保している。ギルドに卸さず次の街で売ろうと考えていた。
また、矢をしまえるのは利点だ。
十本ほどあるがもっと欲しい。かさばる武器だがこれがあれば百本でも持ち運べる。
「アサギリは整理好きね」
ベスがのぞき込んでくる。
「持ち帰ったあの肉も入れとくか。痛まないから」
「わかった」
ベスが丁寧に包んで持って帰ってきた肉もしまった。食料なども地道に入れておけばいざという時に困らない。生肉でもいいのだ。
これから次の街の旅が始まる。
食料を集めたほうがいいだろう。
まずはベルロナまで行きエルフを探す。
……そして彼女。
戦争前に別れた幼馴染のクラスメイトが心配だった。
生きているだろう。有能な召喚者を切り捨てるほど王国は馬鹿ではない。
もう一度会いたかった。
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