プロローグ
まずは状況を確認する。
これが物語だとするならばジャンルは異世界転移だ。
高校二年生の朝霧隼人はクラスメイトと共に地図にない世界に跳んだ。
正確には異世界に跳ぶ前に空白があった。
「こんなこと、あるんですね」
「はい、あるんですね」
説明を終えた女性は屈託のない笑顔で答える。
書類などが山積みにされた雑然とした部屋だった。
朝霧隼人の目の前に、眼鏡をかけた女性が足を組んで座っている。
「ここはこれから転移する世界におけるハブスペース。つまり駅なのです」
話を要約すると、隼人たちは修学旅行に行く途中のバスで事故に遭った。
……そして死んだ。
「他の連中は?」
「あなたで最後になります」
すでに同級生たちは転移したという。
クラスメイトなどの様々な顔が浮かぶ。
「心配しなくてもすぐ合流できますよ」
自分だけじゃないことに少しだけ安堵した。
「召喚とかいうのはよくあることなんですか?」
「いえ、こんな大規模なのは珍しいです。今回は100人ですからね」
「そうですか」
馬鹿みたいにうなずくしかなかった。
「この宇宙には様々な並行世界があり、魂の貸し借りをしているのですよ。理由を述べるとすれば情報の流通でしょうか」
「貸し借り」
「これから行く世界は混沌としています。ですからお気をつけてください」
「混沌」
「魔法があったり戦争があったりと」
「魔法や戦争……」
女性がくすっと笑った。
「転移者にはギフトが一つ与えられます。強大な力ゆえにその世界の王国に手厚く保護されることでしょう」
その異世界は召喚者が大っぴらにされているとのことだ。
「その扉をくぐった先の部屋にギフトを用意しています。今回は100人なので、いやー準備に手間取りました」
「てことは俺は残り物のギフトってことですか?」
「まあそこは仕方がないといいますか……。でもギフトはどれも強いものです。外れなんてありませんから大丈夫」
……本当に大丈夫なのか?
書類の整理もできない目の前のこの女性を信用しろと?
「あなたたちが転移する世界は女神の管理する世界です。安心してください」
どこを安心すればいいのかと思う。
「その女神が元凶か」
「不敬な言葉は慎んだほうがいいかと。その世界の神様ですからね」
死後の世界? 女神のいる世界?
情報が整理できない。
「ギフトは宝石のように結晶化されています。それを手に取り部屋にあるゲートを潜り抜けてください。そうしたら晴れて新しい生活の始まりです」
呆然とする隼人の前で女性は書類を整理している。
「さあどうぞ。これでやっと一段落……」
「その世界って日本語が通じます?」
「最初に召喚されたのは日本人です。彼は勇者と呼ばれ共通語として日本語があります。まあ、とりあえず行ってみましょう。扉を開けなきゃ始まりません。そして開けたら後戻りはできません」
隼人は女性に押されるように扉に手をかける。
そして意を決して開いた。
確かにその部屋には箱があった。
まるで棺のような大きな箱……。
「……あっ、101人だった?」
そんな不穏な声を背後に扉が閉まった。
振り返ると扉は消えていた。
部屋の中には箱と、もやもやとした渦が浮いている。
あれがゲートなのか……。
隼人はゆっくりと箱に近づいた。
とにかく別世界ですごすための特別な力を確保せねばならない。
「……え?」
箱の中は空っぽだった。
宝石のようなギフトの具現化とやらが見当たらない。
焦る隼人の横でゲートが広がっていく。
……転移だ。
だがギフトがない。
「101人?」
もしかしてあの女が間違えたのか?
乱雑に情報を扱いケアレスミスをしたというのか。
引き返したかったが、あの事務部屋への扉は消えている。
「あの野郎……」
広がるゲート。
隼人は思わず箱にしがみついた。
そのままゲートに飲み込まれる。
朝霧隼人は消えた。
残ったのは空っぽの部屋だけ……。
朝霧隼人は用意されたギフトを手に取ることなく転移した。
そして転移先の王国から役立たずの烙印を押されることになる。
だが彼は秘密にしていたが、一緒に転移したものが一つだけあった。
それは莫大な力を宿したギフトの結晶を納めた箱だ。
後に隼人はその箱をアイテムボックスと名づける。
制約があるがその箱は異世界にて彼の生き方を決定づけるキーとなる。
それらのルールを確認したうえで、この物語を始める。