5.電車に揺られながら
俺の連れである二人は、いまいち状況を理解しきれていないようだった。
それもそのはず。
樒海が幼馴染みであること、樒海の本名ぐらいしか二人には明かしていなかった。
「樒海は、」
「私が言うよ。私と先生は小学校からの付き合いでね。私が転校するまで仲良くしてもらってたの」
あっけらかんと樒海は言う。
「だから、先生と茜がひと悶着あったことも、想像はできたけど今の今まで教えられていなかったことではある」
「……意外と聡明な子なんだ」
「さっき、先生の事情に気づけたのが私ひとりだってことも知られたかんね」
樒海はひまわりのような笑みを浮かべている。
もちろん、来栖音葉が俺や和花の母親ということを知っている人は、両親の知り合い絡みであれば多少いた。春日もそのひとりだったわけだが、それは一旦置いておいて。
樒海は、両親や親戚との繋がりも一切なく、純粋に子供同士の付き合いだけだった。
「言っとくけどね、樒海はうちの母親と直接会ったことないんだよ。そこいら、抜かりなかったからね。で、まあ樒海は我が家に来たこともあるけど、ばったりプライベートの来栖音葉に会う、なんてこともなし」
対し茜は、両親同士の繋がりもあったし、うちに来て来栖音葉と直接会ったこともあった。
そのなかで気づけなかったことを責めるつもりは皆目ないけれど、よく一切気づかなかったなと今は感心するばかりだ。
「だから、ほとんどノーヒントで真相にありついた樒海は異常なんだよ」
「なんなら音葉さんだって」
「それは言わないで」
「はぁ~い」
なにを言われるもんかわからなかったから、背筋にいやな汗が流れる。
慌てて引き留めたけれど、どうだろう。再会して十分も経っていない今の間で、隠し事を察せられてしまったのなら……もう本当に、異常だ。
「秘密を言いふらす趣味なんてなかったから、転校先の子はこの前の一件で先生の家族の事情知って驚いてたけどね」
「そこは信頼してる」
「あらま、うれしい。そういうとこ好きだなぁ」
「ああはいはい」
「つれないとこも好き」
甘っちょろい空気を出して、場の空気が重くならないようにコントロールしているところも、根っからの陽キャである証拠だろう。
その『好き』にどれほどの『本気』が含まれているかは、深く考えないようにするが。
「……よく考えてほしいんだけど」ダメ押しするように夕と笠原に言う。「俺と茜が疎遠になっていたこと、樒海は知らないはずなんだよね。茜もその話は積極的に口にしないと思うから。でも、多分樒海は俺と茜の間にできていた距離も気づいてると思う」
「まじ……?」
「真面目に言ってる」
なんなら、作曲関係も詳しくないはずなのに、ひなぎの新曲を俺が書いていることも気づかれていたし。
そのせいで、俺とひなぎのツーショットが全世界に投下されたときも、まったく驚かれないどころか愉快そうなメッセージが送られてきたくらいだ。
健康的な日焼けの、にこにこ笑顔の裏に、あまりに鋭すぎる洞察力があると思うと正直恐ろしい。下手な怪談話よりも背筋が凍る。
「洞察力に関しては、先生に負けるよ」
「……そういう、心を読むところが怖いんだよ?」
「私は先生のことに関する嗅覚が強いだけ。……っても、先生の振りまく香りが芳醇で個性的なだけなんだけどね」
「俺は酒じゃないし、お前は犬かっ」
「先生の犬にならなったげるよ」
「……んの」
なにを言っても想定以上の返答が飛び出してきそうで、続きの言葉が出てこなかった。
諦めの意思を込めて、『というわけなのです……』と、夕を見ると、夕は俺と樒海の関係性をよく理解してくれたみたいだった。
「ところで」樒海の背後に視線を向ける。樒海の連れが、自分のことをちらちらと見ていた。「どうかした?」
声をかけると、黄色い悲鳴が上がった。そのうちのひとりが代表するように話し始める。
「もうっ、しきみん。こんなかわいい幼馴染みいるんならあらかじめ言っておいてよ!」
「いや、言ったら今みたいに騒ぐでしょ。先生に迷惑かけるのはイヤだもん」
「さっきから先生、先生って言ってるけど、どうして?」
「経験値の差?」
「いやらしいっ」
「うん、今想像しているものではないよ、確実に」
そう、仲良く話をしている。
昔から人当たりが恐ろしくいいやつだった。転校してからもたくさんの友達ができているだろう。
「……にしても、柏木和花にこんなかわいらしいお姉さまがいたなんて思わなかったな」
「……いや」
否定しようかと思ったけれど、余計な騒ぎになるのも面倒で口を閉じた。変に樒海との関係を勘違いされないためにも、俺と樒海は女友達と勘違いされていた方が都合がいい。
いったい俺のことはどう説明したんだろう。
「藍沢ひなぎさんと知り合いなんだよね」
「あ、それ私も気になってた」樒海が友達に続いて言う。「どういうきっかけ? いや、まあなんとなくはわかるけど、なんてーか並々ならない感情が渦巻いている気がしてて」
「ツーショット撮ってた?」
「まぁね」
樒海の言う並々ならない感情とは、誰にかかっているのだろう。
自分にその自覚はないため、もしかするとひなぎがそんな感情を抱いていると考えているのかもしれない。
「ひなぎが、来栖音葉の大ファンだったから」
「おおぉー」
賑やかな拍手が巻き起こる。自分がひなぎを呼び捨てにしたことや、あるいは来栖音葉に関する話題が出たからだろう。暗い空気にならないでよかった、と安堵。
樒海は察したような表情であたたかい笑みを浮かべるだけだったが。
「柏木さん……下の名前はなんていうの?」
「飾。オーナメントのほうの漢字一字で、かざり」
「え、名前までかわいいかよ」
「めちゃくちゃモテるでしょ!」
「そこまでじゃないよ」微笑んで見せる。「顔がいいから、気後れされちゃってるみたいで」
と言うと、周囲がすさまじく湧いた。
きっと彼女らは自分が女の子だと思っているだろうが、その勘違いが今はありがたいし、調子づけられれば少し気持ちよくなれた。
そのあと、軽く自分やひなぎ、和花や来栖音葉についての話をしてあげると、彼女たちは大層喜んだ。
自分と会って話をすることも、ある種有名人と会話しているのと同じ感覚なのかもしれない。この程度で喜んでもらえるなら安いものだ。




