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3.傷跡

 夕が買ってきた人数分の飲み物をそれぞれ分配し、俺が先導する形で歩き始める。

 時刻は一時。最初の目的地は駅前から徒歩で片道十分、次の予定まで五〇分ほどあるので、語りに集中しすぎなければ問題ないはずだ、と歩きながら結論づけた。


「……もしかして」


 目的地に近づいて、笠原が小さく言葉をこぼす。


「想像通りだよ」


 顔は見ず、肯定しておく。

 どんな表情をしているか想像ができなかったからこそ、無理に真実を知る気はなかった。おそらくきっと、ひと言では到底言い表せない複雑な感情を抱いているはずだ。

 そこは車通りの多い交差点だった。市内中心部と繋がる道路と工場の立ち並ぶ沿岸部に繋がる道の交わるところで、焦ったようなスピードで走る会社員や主婦、それから様々なものを運ぶトラックが平日休日問わず行きかっている。

 そして、そういった交差点ほど、どうしてか人のミスを誘発するような造りになっていることが多い気がする。


「この交差点、車通りも多いけれどなによりたちが悪いのが、交差点を抜けてすぐに緩やかなカーブがあることなんだ……ってまあ、この町の人なら知っているだろうけど」


 青信号を渡って、説明したほうへ向かう。

 実際に見てみると、そこまできついカーブがあるわけではない。だが、このあたりは古い建物が道路を取り囲むように立ち並んでおり、カーブ自体が緩やかであってもかなり見通しが悪いのだ。


「で、カーブが緩やかだからこそ、スピードを落とさない車も少なからずいてね。そういった要因が絡まって、どんっ、と」


 握った手と手をぶつけてみせる。夕は視線を落とし、笠原は目を瞑った。


「ま、ホワイトクリスマスの翌晩だったから、路面がどうぞ滑ってくださいと言わんばかりにつるつるーってなってたのもある。で、事故が起こった」


 目を閉じる。

 記憶に蓋をすることは、あのときから今に至るまで終ぞできなかった。

 今でも鮮明にあのときの状況を思い出せる。

 冬の冷たさも血の温かさも。


「警察と救急車を呼んで、救命活動して。妹に連絡できたのは、救急の人に救命活動引き継いでからだったけど」

「……え?」


 笠原は俺の言葉が信じられないかのように、唖然とする。


「うん、そういう反応すると思った。じゃあ、引き返しながら続きを話そうか」


 次の目的地への起点は駅だ。

 かつて献花台が置かれていた場所は、特に言及もせず通り過ぎた。その献花台は親族の意思に基づいて設置されたものではなく、どこかの誰かが勝手に設置したものだからだ。ありがたいとも迷惑とも思わず、そうやってどこかの誰かは、人の死を受け入れようとするのか、という気づきがあっただけだった。


「駅まで迎えに行く途中だった。向こうも駅から動き出していて、その途中で起こった事故だった」


 黙り込む二人の心情を置き去りにしたまま、話し続ける。


「だから警察呼ぶのも救急車呼ぶのも、母親の救命活動するのも、全部自分がやったよ。救急車が来て救命活動を引き継いでもらって、そこでようやく妹に連絡して。……そのときには、完全に心が麻痺していた」


 ゆえに無心でこなさなければならないことをこなせたし、ゆえに感情の整理がまったくつかないまま高校生になってしまった。


「母が事故に遭ったことは悲しいことだけれど、それで過度に同情されたり、被害者ぶることを強要されたりされるのが嫌だった。それは自分に限らず、妹も同じで」


 思えば、冬休みに入ったばかりに事故が起こったのは不幸中の幸いだった。


「冬休みがあったから、他人に干渉されずに気持ちを整理させてあげることができた。学校があれば、行くにせよ休むにせよ音葉との関係を邪推されていたに決まってる」

「……少しはあったぞ?」夕が、絞り出すように言う。「親子、とは言われてなかったけどな。和花ちゃんのピアノの腕は当時から有名だったし、来栖音葉が浮花川に来る理由がわからなかったから」

「そのくらいは、想定内」


 夕や笠原は、高校からの付き合いだ。つまるところ中学までは別々の学校だったわけだけれど、妹の名前はよそにまで知られていたらしい。不思議なことではないけれど、少し新鮮な気持ちだった。


「実際は、妹の誕生日を祝いに忙しい合間を縫って帰ってきたタイミングだったんだけどね」


 と、残酷な真実を言うと、二人は黙り込んでしまった。

 冗談でもなんでもないただの事実なんだけど……いや、事実だからこそ、なにも言い返せないのだろう。

 でも。


「でも、安心して」

「どこに安心できる要素があるのよ……」笠原が遠い目をしながら言う。「先々の展開が予想できなくて、これ以上辛い話がいつまた唐突に飛び出してくるのかと思うと……」


 胃のあたりを押さえる彼女に、「いや、ほんと」と答える。


「さっきも言ったけど、これ以降は自分の心が完全に麻痺していてね。暗い話も、これが底なんだよ。以降はずっと、なにかが起こる前にそれを潰し続ける毎日だったから」


 対策に対策を重ね、起こりうる危険を潰しまくっていた結果、いつの間にか冬休みも完全に潰れてしまっていた。

 そう、笑い混じりに言うと、夕も笠原も頬を引き攣らせていた。


「あ、それともうひとつ」


 駅に戻る前に言わなければならなかったことを思い出す。


「冬休みの間は、拠点を浮花川から東京に移していてね。向こうに、柏木の家の……別荘って言えばいいのかな。そこに一時滞在して、向こうを奔走していたんだ」


 二人は話の要点が掴めず、首をひねっている。

 こんな反応をすることを想像していたけれど、まんまその通りになって噴き出して笑う。

 そのまま鞄に手を突っ込んで、あるものを取り出した。


「切符はすでに用意してある」


 そして、きょとんとしたままの二人にそれぞれ、その薄い紙切れのようなものを手渡した。


「だから、ついてきて、東京。そこが、これからの目的地だよ」


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