82.エピローグ(2)
その日の夜、乙女たちは柏木の家に集まって女子会をしていた。
言い換えるならお泊まり会で、パジャマパーティー。メンツは家主の片方である柏木和花、和花の従妹の来栖榛名、歌手である藍沢ひなぎと彼女の友人である斎藤あずさ、和花の兄の幼馴染みである桃川茜と、その友人の笠原燈子。
不思議な顔ぶれだ、とひなぎはぼんやり思う。
よく集まれたな、とも思う。
どういう集まりかというと、ひなぎからすれば、この一ヶ月間の友達作りの成果みたいなものだった。そうやって考えると仲良くなれた人は少ないけれど、別に友達の多少それ自体に価値はあまりない。心を許せる人間がこれほど増えたということが、ひなぎにとっては大きな進歩だった。
ちなみに、柏木飾は今晩は席を外している。
女子会に水を刺さないようにという配慮かもしれない。いたとしても、見た目上の違和感はないが。
「それより、今日の話聞かせてよ。私だけ高校にいなかったんだから」
パーティー用のお菓子とそれぞれのジュースが用意し終わったところで、あずさが切り出した。
ひなぎとあずさ以外は全員同じ高校に通っていて、すでに語られた通りひなぎも同じタイミングで高校にいた。だから今日高校で起こった様々な出来事は、あずさだけが知らない状況だった。
あずさ以外が顔を見合わせる。
誰が、どう話すべきか。
数秒間沈黙が続いて、ひなぎが小さく息をついた。
「……あー、なんて言えばいいのかな。飾くんが嫌がる学校の空気感を吹き飛ばしてやろうと思ったんだ。それが動機でね、唯さんに送ってもらって高校に行ったの」
「それって思いつき?」
「半分は、そう。でももう半分は違う。自分が有名人だったなら、って子供じみた妄想を『飾くんのため』という大義名分を使って叶えられる絶好の機会だったの」
「ああ、なるほどね。『テロリストを倒してヒーローになる』的なやつ」
あずさにそう言われて、ひなぎは少し顔を背けた。より自分が子供みたいに感じたからだ。いやでも、実際自分はまだ子供だ、そう言い聞かせてどうにか自分を落ち着かせる。
「それで、実際にやってみた感想は?」
「ちょっと後悔。あんなに人が集まるなんて思わなかった。ドミノ倒しが起こったら死ぬんじゃないかって思ったもん」
「それはちょっと誇張しすぎ。うちの高校にそんなに人いないって」
現地にいた茜が苦笑いしながら指摘する。茜はひなぎと知り合いだったから、わざわざ彼女のそばに駆け寄るようなことはせず自分の教室から騒動を見下ろしていた。ひなぎが来ることは知らなかったから相当に驚いたが。
ひなぎは照れくさそうに後ろ頭をかく。
「やっぱりさ、こういう気取ったことは私に似合わないね。余裕がなくてわたわたしている方が私らしいや。人がたくさんいるってだけで戸惑っちゃって」
「それはその通りかも」
「っ〜、あずさ〜っ」
辛辣な言葉にひなぎがあずさをぽかぽか叩く。強くは叩いていないけれど不満を示すには覿面だったらしい。あずさは「ごめんごめん」とすぐさま謝った。
「『そうじゃない』って否定してもらいたかったの?」和花は訊いた。
「ち、違うけど、でももうちょっとやさしい言い方あるじゃんか」ひなぎは頬を膨らませながら言う。
「めんどくさいね。兄さんみたい」
「うっ……」
「ま、そこが兄さんのかわいいとこなんだけどね」
和花の言葉になにも言い返せなくなったらしい。
ひなぎは「もういいです、私の負けです……」と言って膝を抱えてしまった。和花は肩を竦めながらひなぎの慰めに入る。
お酒は出してないけれど、もしかして酔ってるのだろうか、と榛名は思った。酒に酔ってないのなら、自分に? 少し、あるかもしれない。今日のひなぎの行動は。
会話はほかの人たちに引き継がれる。
「私も茜と一緒に見ていたけれど」口を開いたのは燈子だった。この中では一番あずさとは面識が薄い。「藍沢ひなぎって本当に人気なんだな、って実感はできたよ。ほら美人だし、声いいし、私も好きだけど、正直現実味がなかった」
「褒められてるよ」あずさがひなぎに声をかける。
「やったぁ、うれしいぃ」ひなぎは蕩けたような笑みを見せた。そのままずりずりと這うようにして燈子のそばに近づくと、彼女の肩に腕を回す。
あずさが額に手を当てていた。
「当人はこんなふにゃふにゃしてるから、人気が出るのはわかるけど、正当な評価のされ方してないよなぁ、とは常々思ってた。精緻な人形扱いは間違いで、よく言えば大きな動物園のマスコットみたいだよなぁ、と」
そこで全員が頷いた。藍沢ひなぎは美術館に飾っておくような美術品ではない、というのが全員の共通認識だったからだ。
「なによ、もう。みんなして」
「そのままでいい、って話」あずさが微笑んで言う。「そういうひなぎがみんな好きなの」
「……なによ、もう。急にツンになったりデレになったり」
みんなして茶化してかわいいひなぎを見ているだけなのだけれど、それをわざわざ言うのは余計だと全員理解していた。先ほど以上に機嫌を損ねられるのは困る。
あずさはひと口ジュースを飲んで、ひなぎを見る。
「そのあとは?」
「ん、えーと、私と飾くんで職員室行ってごめんなさいしてきた。先生方はみんなやさしくてね」
「それで、歌うことになったんだ」
「うん、まあそういう感じ」
歯切れが悪くなる。
「といっても、私はアカペラで一、二曲歌って終わりにするつもりだったんだよ。それがさぁ……」ひなぎが和花と榛名をじっと見つめた。「二人がすっごいやる気になっちゃって」
思い返して、ひなぎは少し疲れてしまった。
どこから話を聞きつけてきたのかわからないけれど、いつの間にか体育館には音響機器や楽器が用意されていて、あれよあれよのうちに生徒たちが集まってしまって、心の整理がつかないうちにわりと本格的なライブが始まってしまった。
「和花に、榛名に、ひなぎの三人ってだけで、余裕で金が取れるじゃん……」
「のんのん、私たちだけじゃなくて兄さんにもリズム隊やらせたよ」調子に乗った和花が満面の笑みで言う。
「馬鹿じゃん、そんなん浮花川でやるんじゃねぇよ」
話を聞いていたあずさの語気が荒くなるほどだった。
さすがに高校の体育館だから、音の響きはお世辞にもよくはない。
だが、演奏を披露するメンツがプロと比肩するどころか、プロと並んでいてもとびきり目立つ逸材ばかりであることを、この中ではあずさが一番理解していた。
それを地方の一高校のゲリラライブで消費するなんてもったいなさすぎる。
「しかも映像が残ってないなんて」
「そこは抜かりなく」ぼそりと榛名が囁くように言う。「唯に撮らせた」
「……お前らなぁ」
あずさは重々承知していたことではあったけれど、茜と燈子は、天才たちが調子に乗って暴走するということがどういうことか、まざまざと実感させられていた。
普通ならやらないしできないことを物凄いスピードでこなす行動力も、物事の先の先を読んで行動できる予測能力や対応力も、その異常さがまさに彼女ら天才たる所以だった。
言外には、撮らせた映像というものが実用に足りうるものであるということまで含まれている。
どこまでのクオリティの映像か、あずさには想像できないけれど、とにかく最初に懸念していた部分の問題だけは吹き飛ばされた。そこで別の問題が湧き出てくるのがこいつららしい、とあずさは呆れる。




