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63.愚直だからこそ

 和花ちゃんは静かにそれを聞いていた。


 どう、だろうか。

 私の伝えたかったことは、ちゃんと伝わっただろうか。


 聴き終わった和花ちゃんは、かすかに肩を震わせていた。不安になって彼女の顔を覗き込もうとすると、計ったかのようにがばっと顔を上げる。


「これで行こう」

「……え?」

「新曲のアレンジ、考えてくれたんでしょ。私も考えてたけど、まだまだ粗いところがあるとはいえひなぎちゃんのアレンジの方が一生懸命な感じが伝わるよ。これをベースに考えよう」


 思ってもない返答だった。


「愚直すぎる気もするけどね。これだとひなぎちゃんから兄さんへのラブレターだよ」

「えええ、ちょっと待って。そんなに?」

「うん。どんだけうちの兄さん好きなんだよって思ったね。ちょっと嫉妬しちゃう」


 頭を抱えながら後ずさりしようとして、すでに自分は壁に背を凭れていたことに気づく。これでは逃げ場がない。

 もちろん、飾くんは好きだ。

 初めて好きになった人で、おそらくこれ以上に好きになる人は現れない。

 そのぐらい好き。

 大好き。

 隠していたわけではないから和花ちゃんがその気持ちに気づいていることは覚悟していたけれど、こうはっきり明言されると恥ずかしくてたまらなかった。


「一応ね、考えてたんだけど」和花ちゃんが思い出すように左上を見上げてから言う。「明後日の日曜日に生配信する予定なんだ。さすがにね、まったく説明しないのは騒ぎが治まる気がしないから」

「……今日は金曜日だけど」

「さすがにこの状況で高校に行く気はないよ。普段通りの暮らしをするのは、進藤せんぱいと笠原せんぱいに任せるかな。さっきラインで『いつも通り授業を受けて』って送ったし」


 ひと晩経ってやっと、当事者である和花ちゃんもどれぐらい騒がれているかある程度理解できたようだった。

 すでに、来栖音葉と飾くんたち兄妹の秘密はあってないようなものだった。

 まだ噂の段階だというのに、誰もが音葉さんと和花ちゃんが親子であることを真実だと信じている。信じるに足る根拠はいくつもあるとはいえ、断定するには早計だと私は思ってしまう。


「その方がエンタメとして面白いからだよ」

「……それはわかるけど」

「一般人はね、芸能人のプライバシーなんてまったく気にしないってひなぎちゃんも知ってるでしょ。……私は芸能人ってわけじゃないけど、名前は売れてるからさ」


 和花ちゃんの言葉に黙り込んでしまう。

 私がウィッグと眼鏡を着けて行動をするのは、自分の位置情報をSNSで晒されないためだった。人一倍自分の容姿が目立つからというのもあるけれど、有名人を見かけたときに考えなしに居場所を断定できることを発信する輩が少なからずいるのだ。

 正直、一般人気分の抜けない私からすれば、そんなことをされたらたまったもんじゃない。


「説明はしなきゃなんないよね。噂は噂のままにしちゃいけない。正しいことも正しくないことも、全部真実のように語られるのは腹が立つんだ。断片的な情報だけで、余白を想像で埋めて、それが正しいかのように思われるのは気が狂いそうだよ」


 それは、私もそうだ。

 だから和花ちゃんは、噂を信じるみんなのために説明をしなければならない。

 それは理解できる、納得はできないが。

 高校一年生の少女が背負うべき痛みではないはずだ。

 大人だってきついことを和花ちゃんがやらなければならないなんて。


「うん。だからひなぎちゃんの力を借りるんだよ」

「あ……そっか。和花ちゃんがひとりでやるわけじゃないのか」


 私がいるから、独りで痛みを背負うわけではない。


「ただ隣にいてってわけじゃないよ。私たちは作曲家で、歌手だからね。ちゃんと説明して、言葉で伝わらないことは音楽をぶつけるしかない。それで伝わらないやつは見捨てるしかないよね」

「見捨てるって」

「酷い言葉だけど、そういうメンタルでいかないと」


 にへら、と和花ちゃんは頬を緩める。

 少し強がっているのは私にもなんとなくわかった。

 いくら天才で、世間一般の価値観とは少し変わっているとはいっても、一五歳の女の子であることに変わりないのだ。

 つい抱きしめたくなった。


「わふっ。ど、どうして急に抱きしめるの?」

「理由なんていいでしょ。抱きしめたくなったんだもん」


 守られてばかりじゃだめだ。

 守らなければ。

 飾くんだって、救けられてばかりじゃだめ。

 救けなきゃ。


 しばらく和花ちゃんにほっぺたをうりうりして、身体を離す。「なんだよもう……」と和花ちゃんは変なものを見る目で私を見ていたけれど、まんざらではなかったらしい。口角が少し上がったままだった。

 誤魔化すように立ち上がった和花ちゃんはスタジオの外から五線紙の束を持ってくると、床にそれを広げて迷いなく音符を記し始める。

 なんの曲かは言わずもがな、私たちの新曲だけれど……。


「……よく一回聴いただけで全部覚えられるね」


 先ほど私が弾いた新曲の弾き語りアレンジだった。


「まあ、天才ですから」

「ああ、そうでした……」


 凡人の物差しで比べてはいけない人だった、この子は。

 ものの一〇分足らずで和花ちゃんは一曲分書き出してしまうと、譜面台にそれを広げる。そのまま一度すべてに目を通すと、目を閉じる。


「さすがにこのまま電波にのっけて世界中に発信するのは……やめたほうがいいかなぁ」

「だ、だよね」


 さすがの私も、ラブレターと解釈されるようなものをインターネットに晒す趣味はない。


「そこはまあ、私が考えてたアレンジと上手に融合させよっか」

「正直クオリティーは和花ちゃんのほうが高いと思うけど」

「当たり前でしょ。だってプロだもん、私」


 ずばりと言われ、肩を縮こまる。そりゃそうだ、和花ちゃんは売れっ子作曲家なのだ。


「ただ、商業向けに曲書いてばっかだと、どうしても万人に響くように書いちゃうのよね。誰かひとりのためだけの曲って最近書いてなかったから」


 だから今回は、飾くんに向けての曲という意味で勝った、というだけ。

 商業ベースにはまるで乗せられない。

 残念だが、今の私はそれが精いっぱい。

 でも不思議と、あまり悔しくはなかった。


 曲を作るのはそれ専門の人がやるべきだろう。

 私はほんの少しのエッセンスと、強烈な燃料を与えただけだ。


「……このアレンジを――ひなぎちゃんの込めた思いを擦り減らさずに完成度を高めるのが私の役目」


 微笑を顔に貼り付けながら、和花ちゃんは落ち着いた声音で言う。


「だいじょうぶだよ、まっかせて。私ね、曲を作るのは得意なんだ」


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