42.なぜか相性いい二人
「それで、今日はなんでここに?」
友達を教室においてきた茜は、私とあずさの顔を見比べながら首を傾げる。
あずさもまた、初めて見る私の友達らしき人に不思議な表情を向けている。
「私はこの子の付き添い。和花ちゃんに取材に来てたんだって」
「ああ、そういえばたしかに授業中に連行されていく和花を見た気がする。そういうことだったのね」
謎が解けたように笑う。
「それで、そっちはどちら様で?」
「あずさはあずさだよ」
「その雑な紹介はやめなさい」
ぴしり、とあずさに頭を叩かれてしまった。「仲いいね」と茜にも微笑まれてしまう。ちいさく咳払いして気を取り直す。
「東京に住んでる同年代の中では、一番仲いい子なの。あずさのお姉さんが私のマネージャーでね、そういう縁もあって」
「そうなんだ」
「あずさ、この子は桃川茜ちゃんって言ってね、飾くんの幼馴染みなんだって」
あずさに説明すると、少し意外そうな表情をした。
「彼に一般人の友達がいるなんて」
「事実だけどひっどい言い草」
「……事実ってわかるなら、ほんとうに彼の幼馴染みなのね」
くすりと笑う茜を、あずさはじっと見つめる。ただ、学校での茜は社交性を身にまとっているみたいで、「よろしく、あずさ」とすぐに距離を詰めにかかった。
差し出された手に一瞬きょとんとしつつも、気を取り直すとすぐにその手を掴んだ。まがりなりにもあずさは、すでに大人に混じって仕事を任されている身なのだ。仕事モードの自分にスイッチを切り替えた風に見えた。
「飾が二人の共通知人みたいに感じたんだけど、あずさと飾ってどういう関係?」
「いきなり下の名前なのね」
「だって下の名前しか教えてもらってないし」
茜が私を見る。いや、ごめんて。
「……こいつは置いておいて。ただの仕事仲間よ、柏木とは。もっとも、仕事仲間であるからこそあなたたちが持っているものとは別の情報を持っているだろうけれど」
「榛名より?」
「さすがに、彼女には負けると思うけど。榛名は飾にとっては仕事仲間でもあり、家族でもあり、友人でもあるもの」
「そりゃ敵わないわけだ」
飾くんという共通の話題があるから、二人はすぐに打ち解けていた。というか私も飾くんと知り合いのはずなのに二人の会話を理解できないのはどうしてだろう。
「靖彦さん靖彦さん、今の二人の会話理解できます?」
会話からあぶれてしまっていた靖彦さんに話しかけると「だから学校では先生と……」と言いかけて止まった。
「すまん。お前はここの生徒じゃないもんな」
「ああいえ、こちらこそすみません。馴れ馴れしくて」
なんでも、柏木兄妹や榛名ちゃんから、学校でも靖彦さんと呼ばれているようだった。
「今の会話は、全員の関係をある程度理解していればわかるもんだけどな」
「つまり私は全員の関係性を十分に理解できていないと」
「大概みんなそんなもんだろ」
靖彦さんは肩を竦める。たしかに彼の言う通りだと思った。自分以外の交友関係を完璧に理解できている人なんていないだろう。友達の交友関係をばっちり把握しているのは、ある意味怖い。
ただ、今この場で言えることは、私たちは全員飾くんの繋がりで集まっていることだった。
実際に飾くんと関わって思ったけれど、彼は友人こそ多くはないし自ら増やそうともしていない。ただ、飾くんとちゃんと関わったことがある人は、全員が彼のことを慕っているように思う。
人望がある、と言えばよいのか。
はたまた、飾くんに魔性の魅力があるというのか。
「まあかわいいもんなぁ飾くん。素顔見ちゃえば好きになっちゃうよね」
「……唐突にどうしたん?」
思わず呟いた私に、胃もたれしているかのような顔をあずさは向けてくる。動揺したのか心なし口調が乱れている。
「だって、今ここにいる人の共通点って飾くんと交友あることぐらいじゃん。飾くんの魅力ってすごいなぁって」
「それは否定しないけど……でも、お前は初めて会ったときにすぐ堕ちたのかよ」
「そういうわけじゃないけど」
私の場合は、会わなかった期間に沼にはまってしまった。
会えなかったからこそ、より深く、抜け出せないところまで沈み込んでしまっているとも言えるが。
ふと周囲に視線を向けると、会話が聞こえるくらいの距離にほかの生徒たちはいないけれど、遠くからこちらを窺う人たちは数多くいることに気づく。
急に恥ずかしいことを話しているみたいに感じて、心がしなびてしまった。
「かわいいわよね、この子」
「それには同意。守ってあげたい、というよりはいじめたくなるよね」
「すごいわかるわ。守られているときより、ずっとかわいい」
不本意なことを言われてしまう。
「あとでこの子のかわいいエピソード話したい」
「え、聞かせて。代わりに飾や和花の昔話してあげるから」
二人はそういうやり取りをすると、連絡先を交換していた。
「きょ、共通の話題があると仲良くなりやすいのはわかるけど、勝手に裏でいろいろ言わないでよぅ」
「え、それなら私たちが話しているのお前も聞く? いいわよ」
「うぇええ、それはそれで恥ずかしいっ」
きっと聞かれて問題のある話はしないだろう。ただただ私がかわいいと思った瞬間の話をされるだけだ。それを直接聞くというのは、それはそれでつらい。
熱を帯びた頬を冷ますように顔を両手でぱたぱた扇いでいると『こんなところでどうしてそんなプライベートな話をするんだよ』と靖彦さんが呆れた目を向けていた。




