38.『Minor』
ひなぎ視点
その動画にありついたのは、ほんとうに、ただの偶然だった。
もしかすると必然だったのかもしれない。動画投稿サイトは、視聴履歴に基づいておすすめの動画が表示される。似たような動画をよく見ていると、判断されたのだろう。
その動画は英語のタイトルだった。
美麗なサムネイルとチャンネル名の『Minor』という名前にもちょっぴり運命を感じたのだ。
最新曲を書いてくれた人が『舞奈』という名前だった。
とはいえ、顔も知らない。直接会ったこともない。私のマネージャーの知り合い、というだけの関係。たとえどんなに素晴らしい曲を書いてもらっても、相手のことをあまり知らなければ特別肩入れもできない。
だから、動画を再生しようと思ったのはなんとなくだったし、過度な期待は当然していなかった。
「え?」
動画の内容は、アニメーション。
パンクスチーム風な世界観に、たったひとりの登場人物はなんの変哲もない少女。台詞は一切ない。だからこそ、アニメーションのバックに流れるBGMに集中してしまう。
「聴いたことがある……というよりは」
つい驚いてしまったのは、このBGMに既視感を感じてしまったからだ。このBGMを作った人の曲を、私が歌ったことがある。
そうなると私の中では、候補はひとりしかいないわけで。
おもむろに部屋を出ると、そのまま和花ちゃんの部屋に向かう。
「……およ、珍しいね。もうてっぺん回る時間だよ」
「うわ、ごめん。寝るとこだった?」
「ううん。今から仕事」
部屋に入ると、パジャマ姿の和花ちゃんはパソコンの画面と向き合っていた。
「急用?」
和花ちゃんは立ち上がると、ぺたぺたと歩いて私の隣に来る。開いたままのスマホの画面を見せると、すぐになにを訊きに来たのか気づいたらしい。
「ああ、これね」
「知ってるの?」
「ちょっとだけ。もしかしなくとも、この動画の曲を作っているのが『舞奈』だって思ってるでしょ」
まさにその通りだった。
頷くと、和花ちゃんはにひひと笑う。
「私は別人だと思うよ」
「え?」
「無関係ではないと思うけど、でもほぼ確実に別人。どっちかがパクっているとかそういうわけでもないんだけどね」
その意味をすぐに理解できず、首をひねる。
私には『舞奈』の曲と『Minor』の曲の差がわからない。どこが似ていて、逆に同一人物ではないと確信できるほどの差を感じられるほど、私には才能がない。
「ああ、気に病むことじゃないよ。感覚的な話だから。兄さんみたいに自分も他人も理解している人じゃないから、誰かに何かを教えるの下手くそなんだ、私って」
「え、意外」
「だって、『勉強は気合!』って思ってる人だよ? 心さえ強くあれば、勉強ごときなんとでもなるって思い込んでるくらいだもん」
意外と思っていたことが、一気にそうではなくなってくる。
和花ちゃんは才能で押し切るパワータイプなのだ。
頭ではなく身体や感覚で理解している、そしてそれらを言語化することは滅多にない。
だから、他人に何かを教えるのはあまり得意ではない。
「詳しい話聞きたきゃ、榛名に訊くのが一番かな」
「ん、わかった。明日榛名ちゃんに訊いてみるね」
「うむ、そうするとよい」
そう言って、和花ちゃんは布団に向かった。
……あれ、仕事するんじゃなかったの?
「寝るのが仕事だよん……すやぁ」
と、布団の中から声がする。
やれやれ、どうやら私に気を遣ってくれたらしい。
その気遣いが少し申し訳なくて、でもちょっとだけうれしかった。
*
翌朝になって、榛名ちゃんにも同じことを訊いた。
火曜日でこれから学校もあるから手短に、だったけれど。
「別人ですね」
「確信を持った言い方だね」
「『舞奈』と無関係ではないでしょうが」
それは昨晩も聞いた言葉だった。
無関係ではない、でも同一人物ではない。
となると、どちらか片方が影響を受けている、とかになるのだろうか。昨日和花ちゃんと話をしたあと『Minor』のほかの動画を見てみたが、どれも同じ人が作曲しているように感じた。そうなると、影響を受けたのは私の曲を書いてくれた『舞奈』になるのだが。
どうにもしっくりこなかった。
「飾さん飾さん、この動画どう思います?」
もうすでに家を出る準備が済んでいた飾くんに榛名ちゃんが問う。すると飾くんは少し見て「いいよね、これ」と答えた。
榛名ちゃんのライブ以来、飾くんは随分と機嫌がよかった。肩にのしかかっていた重荷が、少しだけ軽くなっているようにも感じた。
飾くんは、いろいろと背負いすぎている。
それが幾分マシになった、のだろうか。
詳しい事情は話してくれないけれど、それならうれしい。
ちゃんと話してくれるならもっとうれしいけれど。
「飾くん」
「ん?」
「和花ちゃんと話はしてたんだけど、今週中で新曲が出来上がるんだ」
「……ああ」
そこまで話すと、飾くんはこれから話すことについて察したように頷いた。
「私、曲が完成したら帰るよ、東京に」
「だろうね。……うん、具体的な日付は?」
「一応、日曜日を予定してる。だから今回の遅めの春休みは、今週でひと区切りになるかな」
「そっか。さみしくなるね」
飾くんは、しみじみと言った。
さみしいのは当たり前だ。だって一か月近くも一緒に暮らしてきたのだ。いろいろと迷惑もかけたけれど、ここまでの日々はたくさんの思い出ができた。
もちろん今回を最後にするつもりはまったくない。
暇を見つけては浮花川に来る予定だし、こっちでできる案件を抱えているのなら居座るつもりだ。迷惑にならないように、今度はどっきりではなく、ちゃんと来ることを伝えてだけど。
「曲ができたら聴かせてあげる。だから、楽しみにしててよ」
収録のたびに、曲の完成形が少しずつ見えてくるたびに、わくわく感が増してくる。それほどの曲ができている。
だから、飾くんには一番に聴かせてあげたい。
出会ってからのすべてのことの恩返しのために。
「うん、楽しみに待ってる」
飾くんは微笑んで「これで今週は頑張れる」と言うと、そのまま学校に向かっていった。
「ほんっと、ひなぎさんは飾さんのこと大好きですよね」
「うん。……ぅん? ってぇ、ちょっと違うっ。今のなしっ」
無意識で頷いてしまったけれど、とんでもなく恥ずかしいことをしてしまったような気がする。慌てて訂正しようとするも、その甲斐虚しく榛名ちゃんは「絶対忘れませんよ、かわいかったですから」と言った。
頭を抱えているとようやく和花ちゃんが起きてくる。
「おはよ、だんごむしさん」
「違うってぇ」
「およ、今朝は随分しおしおだね。だいじょうぶ塩かけたげるかい?」
「とけちゃうよぉ」
私はだんごむしなのか、なめくじなのか。
よくわからないまま、その日の朝は過ぎていった。




