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34.さすがに素直に喜べない

 飾が怒ることは、さして珍しいことではない、とあたしは思っている。

 それを表に出さないだけであって、胸の内に渦巻く感情は坩堝のようだった。

 少なくとも、シンプルとは言えない。

 だから、素直に本心をさらけ出すことが苦手なのだけれど。


「それで、もう一回聞くけど、どういう状況?」


 飾はもう一度二人に問うた。彼らの背後にいる後輩たちにも一度目を向けるが、主導は佐藤たちであることを理解していたのですぐに視線を戻した。

 飾の恰好は、随分とガーリィな服装だった。さすがに化粧はしていないが、普段の男女問わず着られそうな服装ではなく完全に女子物。

 もしかすると、榛名の着せ替え人形にでもなっていたのかもしれない。もしくは、榛名と一緒に行動するためのカモフラージュか。

 さすがに春日は、それが飾だと気づいているようだった。この一週間ずっと話題になっていた人物の顔だし、まして春日だって飾とは同級生だ。先入観が少なければ、気づけないとおかしい。

 でも。


「同級生を遊びに誘うことは悪いことかよ。なあ?」


 一旦あたしの腕から手を離した佐藤は、なにも気づいていない様子で春日に聞いた。

 春日は、少し驚いたような目で佐藤を見下ろした。気づいていないのか、というような表情。それもそのはず、佐藤にとっても中学までは飾と同級生だったはずなのだ。

 あたしや飾とは、そこまで距離が近かったとは言えないにしても、髪を伸ばす以前の飾の顔は知っていたはずだ。

 飾はそこで納得の表情を見せる。


「相手方が嫌がっていれば、悪いことだと思うけど。無理に、はよくないよ」

 飾は相手の誤解を肯定するように、声を女性らしくして言う。


「きみ、彼女らと友達なんだろ? なら説得してくれよ。男四人じゃつまらなくてさ、女子が三人ならバランスもいいだろ」

「……バランスがいいか、はともかく」


 実際は男子五人に女子二人なのでバランスはより悪くなっているのだが、そう正直に言えるわけもなかったようだ。


「言っとくけど、自分にそこまでの慈悲はないからね。せっかく遊ぶ約束してたのに、気分を害されたんだ。どう責任とってくれるの?」

「ふぅん。なら、俺たちがもてなしてやるよ」

「……スタンツは変えない、と。たしかに茜たちは、強引に誘いたくなる魅力があるけども」


 こういう状況でなければあたしたちのことを『魅力的がある』と言ってくれたことを喜べたんだけどな、と思う。

 飾が間に入ってきてくれたおかげで、少しは落ち着くことができていた。男子たちから逃げるように、ひなぎと同じぐらいまで下がる。


「本気で嫌がられてるの、わからないのかなぁ」


 呆れた声を、わざと佐藤に聞こえるように飾は言った。そこで一気に感情のボルテージが上がったらしく、佐藤は飾に詰め寄ると飾の腕を強く掴む。

 飾は、あたしたちの動揺をよそに平然と佐藤に視線を向けていた。


「さすがに、限度越えだと思うけど」

「なめられたままじゃあ、野球部の名が廃るだろ」

「一旦自分のこれまでの行動や発言を、省みた方がいいよ」

 飾の発言に佐藤はさらに激昂するが、彼が叫ぶ前に飾はすでに手を打っていた。


「――さっき、警備員さんが歩いていたんだけど、こんなことやってて大丈夫?」


 と、あたしにもぎりぎり聞こえるぐらいの声量で囁く。

 佐藤はそこですぐに顔色を変えた。

 青ざめる、というほどでもなかったが、さすがに警備員に自分らの今の行動を見られるのはまずいと思ったらしい。


 慌てた様子で飾から飛び退くと、春日に「行くぞ」と言って逃げるように歩き出す。

 春日はあたしに謝るような視線を向けていたが、一瞬、飾の姿を見てから慌てて佐藤の後を追った。後輩たちも彼らの後を追う。


 そこでようやく、完全に安全になったと感じた。

 フードコート内の空気は若干凍りついているものの、自分らの危機がなくなったことの方が今はいい。


「あぁあ、疲れたぁ」

「……ご、ごめん。余計な苦労かけちゃって」

「いいよ。こういうときはお互いさまだし」

「……お互いさま」


 耳が痛い言葉だった。

 あたしは、どちらかというと助けられてばかりで、なんなら飾からのヘルプも気づけなかったくらいだし。


「腕、痛まない? 結構強く掴まれなかった?」

「あたしはうん、大丈夫」


 掴まれていた跡はもう消えている。痛みもない。

 飾の方は大丈夫だったのか、少し心配になって見てみるもさすがにこの距離ではわからない。手を取って腕を見ると、だいぶ強く掴まれていたらしい。くっきりと握る指の跡が赤く残っていた。

 手も、かすかに震えている。


「ちょっと、茜?」

「怖かったなら、無理しなくてもよかったのに」

「慣れないことしたってだけだよ」


 そのままこねくり回していたあたしの手を、平気だと言って手を離す。誤魔化している気がするけれど、平気と言われてしまったら追及もできない。


「ご、ごめんね私、なにもできなくて」


 近寄ってきたひなぎが申し訳なさそうにしていた。謝られても、さすがにこの件でひなぎを矢面に立たせるわけにはいかない。「気にしないで」と言って首を横に振ると、ひなぎは静かに胸を撫でおろした。


「……ところでさあ、今飾くんに助けられて、ちょっとときめかなかった?」

「あのねぇ……」


 飾が別のところに意識を向けた隙に、ひなぎが脇腹を小突いてくる。

 少し呆れたように振舞うも、ひなぎの指摘自体は的を射ている。ときめいたかはともかく、飾が来たあの瞬間『なんとかなる』と思って安心してしまった。


 誰かが頼りになると意識したことは、あまり多くない。

 人は生きているうちに自然と助け合っている。感謝していなくとも、あたしたちは勝手に助けられている。無意識で誰かを助けている、ということもある。

 そも、はっきりとした危機に陥ることが少ないのだろう。


 だからこうして、危機に直面した際に助けてもらうと、他人を急に意識し始める。

 いまがそうでなかった、とは言えない。

 ただ、どちらかというといまは自身の無力さを突きつけられ、助けてもらったことを素直に喜べないでいた。



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