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33.トラブル

 そこまで今週のことを遡って、あたしは一旦口を閉じた。

 ひなぎが「それで、飾くんがどうしたって?」と聞き返してくる。

 喉が乾いていたので、コーヒーをひと口飲むと小さく息を吐いた。


「いや、なんでもない」

「えええ、なんかものすごい中途半端だね」


 ひなぎは唇を尖らせる。

 でも馬鹿正直に榛名から話されたことを言えるわけもない。ここまでの話も都合の悪いところは……飾たち兄妹の母親が来栖音葉と勘づかれないように、情報共有をしていたのだ。


 あの後のことは、よく覚えている。

 榛名からその真実を伝えられて、少し気持ちを落ち着けてから詳しい話を聞いた。

 あたしが飾の母親が音葉さんだということを知るタイミングは少なからずあった。忙しくて滅多に家に帰ってこなかったとはいえ、飾の家で音葉さんと直接会ったことだってあった。

 だから、たとえ歌手として活躍する音葉さんの姿と家での姿にギャップがあったからといって、気づけなかったのはあたしの落ち度だ。


 蛇足だが、飾の母親の印象なんて『いつもくたびれていて、今のソファーでとろけているだらしがない大人』だったのだ。すこぶる美人だとは思っていたが、歌手としての凛とした姿とは、ほんとうに正反対だったとだけは言っておく。


 ただ、その音葉さんが亡くなったのが大きな問題だった。

 飾の両親は、お互いが結婚していることを隠していたからだ。


『非業の死を遂げた両親が残した子供たち、という話は金になりますからね。世間に晒されてしまえば、悲しみに暮れる暇も気持ちを落ち着かせる時間もなくなってしまう』


 いくら隠していたこととはいえ、両親と近しい関係者には知られていることではあった。それに目をつけ金になると判断したマスコミが、各種メディアで大々的に報道しようとした結果、飾は奔走せざるを得なくなったらしい。


 父親の子であることは知られているが、母と自分たちの関係は表沙汰にはなっていない。

 それを隠すために、使えるものをすべて使ってマスコミを脅したのだという。

 具体的になにをしたのか榛名は知らないらしいが、飾からすれば『世間の印象を操作することなんて造作もないことで、会社の相手をするのは個人の相手よりも楽』らしい。我が幼馴染みながらおそろしい……。


 また、芸能関係者以外の両親の知人に対しては、直接頭を下げに行ったのだという。

 それでひとまず、自分たちの関係が表に出ることはなかった。


『ただ、()()()()()()()()()()()()だと思います。桃川先輩に告白したのは』

 その事実が、一番きつかった。


『真実を伝えるのが怖くて、でもひとりでいるのもきつくて、で考えた妙案が自分のことを好きなあなたに告白すること、だったわけです』


 あまりにも、飾らしいやり方ではあった。

 あたしが変じゃなければ、あたしたちは結ばれ丸く収まったはずだ。

 だが、あたしは時々、飾の予想を超えた行動をするらしい。過去を振り返ってみると思い当たる節が何度もあった。


 というわけで、告白に別の真意があるとあたしが察してしまった結果、お互いが傷を負いながら疎遠になった。それが事の顛末だった。


「まあ、先週の飾はすごかったよ」

「それ、念押ししないでよぅ。なおさら気になるじゃん」


 適当にお茶を濁しつつ飾を褒めると、ひなぎは羨ましそうにする。

 あたしからすれば、一番羨ましいのはひなぎだった。

 ひなぎは、自分が恵まれた立場にいることを理解しているだろうが、それがどれほどのものかまでは理解していないはずだ。


 いま、飾はひなぎのためだけに行動している。

 伝えられていない真実を伝えるためだけに、大きく芝居を打っている。


 あたしがここまで想われたことは、たぶんないだろう。

 心底羨ましくてたまらない。

 だから、少し意地悪をするのは許してほしいな、と思う。


「そういえば、今日はどうしてひとりでここにいたの?」

「あっ、そうだ。私は飾くんたちを追ってここに来たんだった」


 思い出したようにひなぎは言った。

 商業施設……というかイ〇ンなのだが、あたしとひなぎが会ったのはただの偶然だった。買い物に来ていたあたしが、近くをうろついていたひなぎを見つけて声をかけたのだが、そういう事情があったのか。


「飾くんたち、って他に誰がいるの」

「榛名ちゃん」

「え」

「榛名ちゃんが『今日一日飾さんをお借りしますね』って言って家を出ていったから、まあストーキングしちゃうよね」


 当然のようにひなぎは言った。

 ……隅にも置けないのは、ひなぎよりも榛名かもしれない。

 わざわざ今日を選んで飾と出かけるとは、やり手にもほどがある話だった。

 もしかすると、今日は買い物に来た目的を達成できないかもしれない。そう思うと気が沈んでくる。

 ひなぎに気づかれないように溜め息を吐くと、逃げるように別の場所に目をやった。


 ふと、その先にいた男子と目が合った。

 男子だけで構成された四人の集団、見覚えのある顔もいて思わず眉間に皺が寄る。

 そんなあたしの感情なんて気づかないのか、目が合った男子は顔をほころばせると近づいてくる。


「ひさしぶりだな、茜ちゃん!」


 頭を坊主にした、あたしと同じぐらいの背丈の男子。ひなぎが少し不安そうに「誰?」と訊いてくる。そのぐらい下心が見え透いていた。


「……中学までの同級生、ひさしぶり佐藤。春日は昨日ぶり。えっと、ほかの二人は?」

「ん、おれの高校の後輩。てか、頭みればわかるだろ、こいつ以外みんな坊主なんだから」


 そう言って佐藤は春日の背を強く叩いた。春日は『ごめん』とアイコンタクトを送ってくる。いらん、そんな視線は。

 佐藤の視線が、あたしから隣のひなぎに移る。ウィッグは被っていて眼鏡もかけているが、すこぶる美人なのはひと目ですぐにわかる。さすがにひなぎとは気づいていないようだったが、こそこそと野球部の後輩たちと話をする。


 なにを考えているのは明白だった。

 あたしが自分で言うのもなんだが、あたしたち二人は顔面のレベルが高い。

 だから、一緒に遊びたいのだろう。


「なあ、この後時間ある? あるならこの後カラオケ行こうぜ」

 ほら、やっぱり。


 いまあたしはどんな表情していただろう。かなり引き攣っていたように感じる。

 でも、ひなぎがいる手前あたしが彼らと正面切ってやり取りしなければならないだろう。意外とめんどうくさいんだよな、こういうときのやり取りって。


「この後予定あるから無理」

「どういう予定? おれたちが行っても邪魔にならないんなら一緒に行ってもいい?」


 やっぱりめんどうくさくなった。

 こういうときに限って春日は助けてくれないし……使えないやつ。

 一度ひなぎに視線を向ける。

 あたしたちはすでに食べ終わっていて、この場所に居座り続ける理由もない。


「……さっさと撤退しちゃおう」

「いいの? 同級生なんだよね」

「あたしの反応見てわかるでしょ。あたしはこいつら、あまり好きじゃないもん」


 ひなぎは苦笑した。

 その笑みを、佐藤は好感触だと思ったらしい。ぐいっと近寄ろうとするところを、あたしが立ち上がって前に立つ。


「ごめん。どうしても外せない用事だから」

「なんだよ、つれないな」


 佐藤は明らかに不機嫌になるが、あたしたちに付き合う気持ちがないのだからいい加減諦めてほしい。

 押し問答になる前にひなぎを庇いながらゴミのところまで行き飲み物のカップや包み紙を捨てると、トレーを置いて立ち去ろうとする。


 でも、少し考えが甘かった。

 思っていた以上に、佐藤がガキだったのだ、と後から気づく。

 ちゃんと説明すれば納得してくれるような相手じゃないのを見越して、なにもやり取りすることなく逃げればよかったのだと後から気づいた。

 フードコートの出口にさしかかったところで、強く腕を掴まれてしまった。

 顔を顰めて振り返る。


「なあ、いいじゃんかよ」


 なにもよくない。

 でも、そうは返せない。

 考えれば考えるほど、次の言葉が出てこなくなる。


 振り払えばどうにかなるだろうか。いや、彼らはスポーツマンシップのへったくれもないが、これでも現役の運動部だ。仮に腕を振り払えたところで、逃げ切ることはできないのではないだろうか。

 少し前にいたひなぎが、不安そうな表情を浮かべていた。


「芳樹、そろそろやめとこうぜ」

 春日がようやく、佐藤を止めに入る。だが、間に差し込まれた手を佐藤が振り払う。


「あん? 幹彦もどうせ茜ちゃんと遊びたいからここまでだんまり決め込んでたんだろ」

 図星なことを言われて、春日が撃沈した。


 もう、使えないなぁっ。


 どうしようかわからなくなっていたところで、男子たちの視線があたしの背後に向かった。とはいっても、ひなぎに向かったわけじゃない。春日が見つかってほしくない人に見つかったような、険しい顔をする。


「これ、どういう状況?」


 その少女みたいに麗しい顔をした人は、困惑の目を向ける。

 あたしはなにも答えない。それを見て、好きでこの状況になっているわけではないことを察した彼は、近寄ってくるとあたしの肩に手を置いた。


「だいじょうぶ。なんとかする」


 あたし以外には聞こえない声で囁くと、彼は目の前の二人に向き直った。

 そこで、あたしは『もう大丈夫だ』と確信した。

 柏木飾は激情を押し隠すような、あまりにも穏やかな表情を張りつけていた。


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