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29.暴走しないで

ここから茜視点。ひなぎの告白からだいたい一週間後の話。

「……えっと」


 そこまでの話を聞き終えて、あたしは少しの困惑を隠せなかった。

 ひなぎの告白の話から一週間近く時間が飛んで土曜日の昼。あたしたちは市内のショッピングモールのフードコートで駄弁っていた。ひなぎと一緒になったのはただの偶然だが、少し話がしたかったのでちょうどよかった。


 昼飯で食べたハンバーガーの包みをトレーの隅に寄せつつ、残っているコーヒーをひと口飲んでから話を続ける。


「ええと、ちょっと整理させて。先週の土日が結構慌ただしくて、自分を見つめなおすきっかけになったのはわかった。で、夜の景色を一緒に眺めて、その勢いで告白……って認識で間違ってない?」

「うん。訂正の余地もないね」

「それで、どうなったの? 告白したんでしょ。……その、飾に」

「ああ、その話? どうにもなってないよ」


 どうにもなっていない、というひなぎの言葉がどうしても理解できなかった。

 好きで告白して、普通なら付き合うか付き合わない、という話になるのではないだろうか。彼氏がいたことのない私の考えなのだけれど、一般的な認識として間違っていないはずだ。


 でも、ひなぎの言葉をそのまま解釈すれば、飾に告白した後も二人の関係性はこれまでとまったく変わっていないように思う。それは、どうなのだろうか。生殺しのように思えて仕方がない。


「あ、別に飾くんが告白の答えをしてくれなかったわけじゃないよ。単純に、私が『好きだ』って伝えたかったから言っただけで、それに対する答えは求めてないの」

「……どうして?」

「今『付き合って』って言ったところで、飾くんを困らせるだけだから」


 ひなぎの説明で腑に落ちた。


「私、最近飾くんがいろんなものを抱えてることに気づいたんだ。家族のこと、友達のこと。あまり明るい話ばかりじゃないから話してはくれないんだけど、飾くんのことを知ってる友達から話を聞いて、納得した。それらを清算しなければ、そもそも誰かと付き合える状況にはなれなさそうなんだよね」

「……ああ、うん」

「そりゃ、もちろん付き合いたいですよ。漫画みたいな甘々な関係ややり取りに年相応に憧れてますし、子供らしく大人ぶって、身に余る行為をする妄想も……まあしちゃってるんだけど」


 ひなぎの赤裸々に語ったけれど、少しついていけなかった。いや、ひなぎの話を理解はできるのだ。自分の友達も異性に対しては積極的な人の方が多い。だからひなぎが変というわけではない。


 単純にあたしが、そういうことをあまり考えないだけだ。

 誰かと付き合うとか、誰かといちゃいちゃするとか、誰かとセックスするとか、あまりよくわからない。年相応に恋愛感情があることは、つい最近気づけたけれども。


「私がこっちにいる時間は限られているし、やらなければならないことも残ってる。そう考えると、告白すること自体先走ったことのような気もするけれど……言えそうなときに言わないと、一生言えないかもしれないから」


 耳が痛い話ばかりだった。

 だから、強いな、と思う。

 飾くんに背中を押されて、それで歌手になったとは聞いていた。それまで自分の白髪がコンプレックスで、閉じこもった性格だということも多少は知っている。

 でも、誰かに背中を押されても、やらなければならないことに向き合える人は多くない。

 ましてひなぎの抱えるものはあまりに重いのだ。だからこそ、今たいしたことができないでいる自分と比較して、気持ちが沈む。

 そんなあたしの感情を知ってか知らずか、ひなぎは話を続ける。


「それに、私だけが飾くんのこと好きなわけじゃないだろうし」

「……ま、飾も意外と好かれやすいからねぇ」

「ん? なに言ってんの、茜の話をしてるんだよ」


 当たり前のようにひなぎは言った。

 首を傾げる。今の話とあたしがどう関係しているのだろう。


「だから、茜も飾くんのこと好きでしょ」

「え」


 ……あ、はい、そういうことですか。

 よくよく考えれば、どう考えてもそういう文脈だった。

 たしかに隠し事は得意ではないけれど、当然のように言われると自分の話だと思えなかった。

 飾のことは好き、だけれど、ひなぎほど熱烈な感情を抱えているわけじゃない。なんならかなりドライで、冷たい『好き』のような気もする。考えれば考えるほど、ひなぎと対等に語れるほどの感情ではないと思ってしまう。


「先に告白して、断れない飾くんにOKをもらうのはフェアじゃないからね」

「あ、あの。あたしは、ひなぎほど飾に対して熱い恋愛感情を持ってるわけじゃないよ?」

「それでもだよ。よく考えてみて? 飾くんってさ、なんだかんだ茜のことも大事にしてると思うんだよね」


 言われてみると、そうかもしれない。

 また会話できるようになっても距離感はまだ掴みなおせてはいないけど、飾なりにあたしのことを気遣っているのは身に染みて感じている。

 あたしが嫉妬したら傷ついていたし、あたしが少し距離をとろうとしたら傷ついていたし。って、あれ。最近のあたし飾を傷つけてばかりじゃないか……? 悲しくなってくる。


「それでさそれでさ」

「……どうしたの?」


 まだ話したいことがあるらしいひなぎに、弱々しく返す。するとひなぎは少し言葉を選びながら言う。


「たぶん飾くんって、人の感情に敏感なんだよね。私の『好き』も早々に見抜かれていたと思うんだけど」

「うん」

「そう考えたときに、仮にどっちか片方を選ばなきゃならないってなると、選ばなかった方を思ってかなり傷ついちゃうと思うんだよね、飾くん」

「あっ、たしかに」


 その言葉には強く同意せざるを得なかった。


 ラブコメの大事なシーンでよくあるやつだ。

 誠実な主人公は、複数のヒロインから告白されても、ひとりを選ばざるを得ない。選ばれた人は喜びを、選ばれなかった人は悲しみを背負わされる。

 でもたとえ選ばれなかったとしても、その辛い感情を隠しながら結ばれた二人のことを応援するのだ。その健気さに胸をうたれ、感動する。


 フィクションならそれで終わりだけれど、現実はそうもいかない。

 人それぞれ人生は一度きりで、自分ではない誰かにも同じように人生がある。

 飾はやさしいから、選べなかった人のことを思ってたくさん傷つくに違いない。その苦しみを誰かと共有することもできないから、ひとりベッドでうずくまってしばらくの間悩み苦しみ続けるはずだ。……そんな姿が容易に想像できてしまう。


 ……ちなみに、余談だけれど基本的に振られるヒロインは幼馴染みキャラだったりする。本編には関係ない蛇足だが。


「きっと、茜ちゃんの感情も知ってるはずだからさ。そう考えると、勢いに任せて酷な選択はさせられないって思ったの」

「……それは、賢明な選択だと思う」


 とはいえ、あたしは飾に自分の思いを打ち明ける予定は一切ない。なんなら一生そうするつもりはなかったくらいだ。好きだけれど、もう遅い。これからはきっと、ひなぎが飾のとなりにいて支えてくれるはずだと、ついさっきまで思っていた。


「で、妙案があるんだけどさ」

「その口ぶり、すごいいやな予感するんだけど」

 もう、言いたくてたまらないと言った様子だったので止めることもできなかった。


「どちらかを選ばせて苦しませるくらいなら、私たちが()()()になっちゃえばいいんだよ!」


 あまりの発言に絶句した。

 詳しい話は聞かなければわからないけれど、ニュアンスだけでなんとなく察せられるものがあった。

 要するに、飾にどちらかを選択させるのではなく、どちらも飾くんのものになってしまえばいい、という天才的な考え(とおそらくひなぎは思っている)だった。


「重婚は法律違反なわけだけれど、事実婚とかなら問題はないみたいだからねっ。どう、天才じゃない?」

「…………はぁあ」


 まともに話を聞いた自分が馬鹿だった。

 根本的な問題は解決されるかもしれないが、たぶんいろいろと別の問題が発生するのではないだろうか。

 一応、少しだけ考えてあげることにした。


 仮にあたしと飾が将来暮らしていく中に、ひなぎも加わる。歌手として忙しく活躍するひなぎと、家にはいるけどなんだかんだ忙しい飾。それを陰ながら支えるのだ。


 ……悪くない、むしろちょっといいかもしれない。

 そこまで考えてかぶりを振る。

 ひなぎの突拍子もない発言に、毒されてしまっている。

 こういう話は、今起こっているすべての問題が片付いてから、ゆっくりと考えたほうがよいだろう。


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