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27.孤独

 いろいろとやらなければならないことをこなしていたせいで、夕飯を食べ、お風呂に入った後も少し気が立っていた。


 日曜日の夜、普通の高校生なら早く寝て明日から始まる月曜日に備えなければならない。だが私はその道から外れてしまったので、早く眠る必要はない。飾くんもまだ帰ってきていないから、眠れないなら帰ってくるのを待つことにした。

 帰ってこずにバイト先から直で高校に行く可能性もあるらしい。待っていても意味がないかもしれないけれど、もし帰ってくるなら出迎えてあげたかった。


 少し暗めの照明をつけてリビングのソファーに深く腰を落とすと、はちみつを入れたホットミルクをちびちびと飲む。身体を芯からあたためてリラックスしながら、今日したことを振り返った。

 騒ぎを鎮静化するために私にできることは、正直言ってあまり多くはなかった。


 SNSで事実の発信。

 昨日の配信のゲストは間違いなく自分であること。

 和花とは友人であり、直接会うのはひさしぶりだけれどとても親しいこと。

 今は少し休暇をとって羽を伸ばしていること。

 その三点を親しみやすい言葉でSNSに投稿すると、たちまち多くの人に拡散されていった。でも事実を事実と明かさぬまま、噂として尾ひれはひれを足されて拡散されてしまうよりはいいはずだ。


 次に、関係者各位へおおきな騒ぎになってしまったことの謝罪。

 あくまで配信への参加はプライベートでのものだから問題はない。ただ、『クールでどこか非現実的な少女』としてこれまでプロモーションされてきたのだ。これからは私という歌手の売り出し方を考え直す必要がある。

 謝罪に対する返答は皆一様に「気にしなくていい」という感じだった。今回話題になったことがネガティブな話ではなかったからだろう。とはいえ、マネージャーには「ひと言断り入れてからにしなさい」と小言を言われてしまった。


 それから、和花ちゃんとも少し話した。

 当の本人はなにも気にしていなくて「いつかはバレることを前倒ししただけ」と話していた。そこまで深刻に考えることではない、とも言われた。


 榛名ちゃんは、あくまで自分は部外者だというスタンスらしく、特にこの件に関しての会話はなかった。

 思い返してみると、いろいろとやったようで、特に大したことはやっていない。

 配信自体は誰もが好意的に受け止めていてくれている。

 和花ちゃんも深刻には考えていない。

 なんなら、深刻に考えているのは私とあずさだけなのでは、とすら思えるほどだった。


 いつの間にか空になっていたカップをテーブルに置いて、ソファーの背もたれに背中を預ける。ゆっくりと息を吐いて天井を見上げると、とてもひさしぶりに孤独を感じた。

 もちろん、浮花川に来てから自分ひとりになった時間がなかったわけではなかった。

 というかむしろ、ひとりの時間の方が多かっただろう。

 みんなが学校に行っている間は飾くんのバイト先に行かない限りひとりだったし、みんなが帰ってきてからも思いのほかプライベートの時間は確保されていた。

 和花ちゃんは仕事に追われていたし、榛名ちゃんも飾くんもなんだかんだ忙しそうにしていたのだ。この中で一番名前が売れているはずの私が一番暇そうにしているという不思議な構図ができあがっていたのだけれど……それはまあ蛇足か。


 ひとりの時間は意外と多かったけれど、それでも誰かがそばにいる、とこれまでは思えた。

 でもいまは、そうは思えない。

 誰かが悪いわけではない。ただひとり、自分だけが違う場所にいるのだ。

 私が特別間違った行動をしているわけではないはずだ。凡人は凡人なりにいま自分にできる精いっぱいのことをしているだけだから、おそらく私と同レベルの人が隣にいたなら孤独は感じない。


 ただ、この家にいる人たちは凡人という言葉では到底おさまりきる器ではない。

 見えている世界が違うのだろう。

 私が悩んでいることは彼女らにとっては悩む必要のないことで、どうしてそんなことで悩まないのか、私にはわからない。

 だから疎外感を感じてしまっている。


 私は目をつむって溜め息をつく。

 ……そんなこと、はなからわかりきっていたはずなのに、今さら感じるなんて。

 周りのみんなが私に足並みをそろえてくれていたから感じなかったのだろうか。いや、少し考えるとそれも違う。今家にいる二人は最初から何も特別なことはしていなくて、今もいつも通りだった。

 これまでと違うのは、そばに飾くんがいないことだ。

 近くにいないことで初めて自覚してしまう。浮花川に来てからどれだけ私が飾くんに頼っていたか。飾くんがどれだけ私を影で支えてくれていたか。それらに気づくと私はいてもたってもいられずスマホに手をかけた。


『話したいことがあります』


 その一文を書き込んで送信するのに、たっぷり三〇分も時間がかかった。本当に送ってしまっていいのかと、こんな文章で問題ないかという葛藤でもみくちゃにされながら、結局もうどうにでもなれという気持ちで送信ボタンをタップする。


 送信の音と着信の音は、なぜかほぼ同時に聞こえた。

 その理由がすぐには気づけなくて画面から頭をあげる。

 着信音にびっくりして肩をはねさせていたその人は、私と目が合うと気まずそうに苦笑した。


「ごめん、なんか考え事してるみたいだったから、邪魔しないようにしてたんだけど」

「い、いつから?」

「五分くらい前には帰ってきてたよ。ただ、もうてっぺん回ってるし、みんなを起こしちゃうのも悪いから静かに入ってきてて」


 私がうじうじ悩んでいる間に、飾くんは帰ってきていたらしかった。よほど周りが目に入っていなかったらしい。つまりは、私の醜態も見られていたわけだ。恥ずかしくて今すぐにでも布団を頭からかぶりたい。

 でも、もうひとつ懸案事項を思い出して、思い直す。

 飾くんはコーヒーを淹れると、ソファーに凭れる私のそばに近寄ってくる。


「それで、どうしたの。話したいことって」

「ああ、うん。その話です」

「どの話?」

「私の懸案事項……」


 飾くんがさっそく本題に入ってくれたので頭を抱える。

 勢いでメッセージを送った手前申し訳ないけれど、実は『話したいこと』は理路整然とされていない。だいたい話すべきことはわかっているのだ。ただ、どの順番でどう話せば伝わりやすいのか整理できていなかった。

 そんな私をどう見ているのか気になって、飾くんの顔色を窺ってしまう。いつも通りかわいい。でも、少し違和感があった。


「……髪、切ったの?」

「まあね」


 これまでの飾くんの髪は綺麗にポニーテール作れるくらいの長さだったが、かなりばっさりと切られショートヘアぐらいになっている。前髪も目元を隠さないぐらいまで切ったようで、じっくり観察してみると印象がかなり変わった。


「ショートでもかわいいとか、女としてのプライドをどれだけ傷つけてくれるの……」

「あはは、それは俺を生んだ親に言ってくれ」


 飾くんは苦笑する。


「どうしたの。失恋?」

「んなわけあるかい」

「……だよね」


 もしそうだったとしたらショックを受けそうだった。私という存在がありながら誰に恋して、いつ失恋したのか。胸を撫でおろしつつ、なら一体どうして髪を切ったんだろう、と思う。

 これまでは女顔で目立たないようにするために顔が隠れるくらい髪を伸ばしていたと言っていた。髪を隠さなくていい理由ができたのか、髪を切らなければならない理由ができたのか気になった。


「そろそろ、陰キャのフリして壁を作って人付き合いを減らすのはやめにしようと思ってたんだ」

「それならもっと髪切らなくてよかったの? だいぶ短くなったけど、それでも全然女子にしか見えないよ」

「似合わない髪型はしたくないんだよ。別に自分の顔が嫌いなわけでもない。変に目立ったり、それをいじられたり、完全に女扱いされるのが嫌なだけ」

「あ、その気持ちはすごいわかる」


 私も、本当は白髪が嫌なわけではなかったはずだ。

 それを見る周囲の視線、反応が原因で、コンプレックスになっていった。

 気にしなくなったのは、過剰な反応をする人が周りからいなくなったからだろう。


「あっ、そうだ」

 なにか思いついたように、飾くんは顔を明るくする。

「眠れないなら、ちょっと外に出ようよ」

「外って……いまから?」

「そう。今の時間なら出歩いている人は少ないだろうし、東京とは違って夜は街灯ぐらいしかないから星がきれいだよ」


 ほんとは未成年の深夜外出はよくないんだけど、と飾くんは笑う。


「警察が見回りしないところも、街灯が少なくて星がきれいに見えるところも知ってるから、思い出づくりに、どう?」


 そう言われてしまうと、断る理由はない。

 首が取れそうなほど頷くと、飾くんは私の反応を可笑しそうにしながらもコーヒーを飲み干した。


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