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22.相棒

 土曜日になっても、もやもやした感情が続いていた。

 飾くんは朝早々に家を出て、バイト先に向かったらしい。榛名ちゃんも用事があるらしく、後を追うように家を出た。だから今家に残っているのは私と和花ちゃんだけだった。


 和花ちゃんはここ数日、作曲の追い込み作業に入っていた。

 私はまだ歌のことしかわからないから、和花ちゃんが何をやっているのかは正直わからない。ただ平日は家に帰ってくるとすぐに地下に籠って作業を始めている。私が覗くときはほとんど頭を抱えて唸っているから、素人でも相当な難産であることがわかる。

 とはいえ、私が来るまでは進捗がないほどのスランプだったのだ。前進があるだけよいことだろう。


 私としては、こういった和花ちゃんの姿を見られることもうれしい。

 アーティストとして全力で創作している人の姿を見ることは、早々ないことだろう。ときどき変装して都内の喫茶店に行ってみると、物書きがコーヒー片手にパソコンと格闘している人も目にするが、それとも少し雰囲気が違う。


 和花ちゃんは、命を削って曲を書いているように見える。喫茶店の物書きが全力でやっていないとは微塵も思っていないが、今の和花ちゃんのほうが創作にかける情熱が勝っているように見えてしまう。

 何かに熱意をもって取り組んでいる人の姿は、得も言われぬ美しさがあった。


 私もゆくゆくは、自ら曲を書けるようにならなければとは思っているけれど、ここまで熱意を持って取り組める気がしない。中学に通っていたとき、美術や音楽の授業では成績がよいとは決していえなかった。個性がある、という評価を下されないだけマシな気もするが、もし自分が作曲しても凡庸な曲しか書けないのではないかという不安も生まれた。極端でない反面、尖ったものを持っていないかもしれない、髪色以外。


 いざ作曲して、『藍沢ひなぎだから売れた』という評価をもらったら心が折れてしまいそうだ。要するに、曲の出来はそんなでもなかった、ということだから。


 和花ちゃんもそういう悩みを抱えていたのだろうか。

 有名な父親と比較されないように、柏木和花であることを隠して作曲しているのかもしれない。直接聞いたことはないのでわからないが。


「今日は、どうしよっかなぁ」


 邪魔をしないように和花ちゃんとは別のブースに入って、軽いボイトレをする。その流れのまま、せっかくだから弾き語りの練習をすることにした。

 実は、テレキャスターを買う以前からアコースティックギターは持っていた。音葉さんを認知し彼女に熱中していく中で、父から譲り受けたものだ。さすがに榛名ちゃんのアコギほど高価ではないが、それでも学生にはなかなか手は出せない。


 父は大学時代バンドを組んでいたらしい。チケット一枚売るのもひと苦労なぐらいだったため、社会人になるときにあっけなく解散。

 でも、その父のおかげで、音楽活動をスムーズに始められた。そのことへの感謝を、このギターを使うたびにしている。


 最近はもっぱらエレキギターばかり練習していたが、せっかくだからと思ってアコギも送ってもらってよかったと思う。使い込まれたハイエンドのギターもここにはたくさんあるが、結局は自分が一番使い慣れているもののほうがよいパフォーマンスを出せる。

 とはいえ、私の実力はまだまだで難しいことはできない。タブレットでTAB譜を見ながら練習する。


 歌いながら弾くというのは、やはり難しい。フレットを押さえる指は覚束無いし、ギターでミスをすれば歌声にまで影響する。これでもかなり練習はしているが、榛名ちゃんにはまだまだ遠く及ばない。


 ……そもそも、基準が榛名ちゃんになっているのはおかしいか。

 あの子は、正直ギターの腕前も歌唱力もプロと遜色ない。自分と比べることすらおこがましい。


「ちょっと待って、なんで和花ちゃんのマネージャーやってるんだよ……」


 自分を売り出せばもっと金も名声も得られるはずだ。もちろんそれが目的で音楽をやっているわけではないだろうが、普通もっとちやほやされたいと思わないのか? 私はされたい。


「榛名ちゃんレベルになるまで、どれだけの才能と時間が必要なんだろうな……」


 つい遠い目になってしまう。

 才能は地力と成長速度を高める要因だ。なんなら、才能がその人の成長する限界すら決めてしまうのかもしれない。そうなると、どれだけ努力を重ねても榛名ちゃんのところまで行けない可能性すらある。少し泣ける。

 でも、歌ではすでにだいぶ追いついているはずだ。

 諦めずに努力すれば、きっと榛名ちゃんの足元ぐらいまでは追いつけるだろう。


 ……え? 今の榛名ちゃんぐらいになるころには、榛名ちゃんはもっと遠くに行っちゃってるって?

 そういう現実を突きつけるのはやめてください。


 とりあえずは自分のペースで成長するしかないので、涙目になりながらも今開いている曲を通しで弾けるように繰り返し練習する。ところどころつっかえながらも、どうにか通して弾けるようになるまでに、二時間弱かかった。スマホで時間を確認して脱力したところで、スタジオの扉が勢いよく開かれる。


「──新曲できたっ!」


 太陽のような笑顔だった。

 立ち上がったばかりの私に、和花ちゃんは目にも止まらぬ速さで飛び込んでくる。バランスを崩しそうになりながらも、なんとか彼女を受け止めることができた。


「おめでとう!」

「ありがと……って言っても、まだ全部が終わったわけじゃないけどね、あは。仮歌まで吹き込んであるから、とりあえず聴いてみてよ」


 和花ちゃんは私の手を取って、パソコンのところに連れていく。

 手渡されたヘッドホンを着けると、和花ちゃんはそれを再生した。


 目を閉じ、流れる音に集中する。一度ですべてを拾い上げるのは無理だろうけれど、できるだけ多くの音を拾ってあげたい。ヘッドホンの右耳側を軽く手で支える。

 永遠にも、一瞬にも感じる時間だった。


「……」


 曲が流れ終わって、ヘッドホンを置く。

 和花ちゃんは不安そうに私を見つめているけれど、なにも言葉が出てこない。


 なにが、まだ全部終わったわけじゃない、だ。

 なにが、仮歌だ。

 これで完成でもよいのではないか、とすら思えてしまう。


 こんなにも幸せなことがあってよいのだろうか、と和花ちゃんの曲が上がってくるたびにいつも思っていたけれど、今回の感動はいつにもまして大きかった。

 なにか伝えなければならない、と思う。

 でも言葉が出てこなかった。


「わぷ」


 思わず和花ちゃんを抱きしめる。和花ちゃんは戸惑っていたけれど、私の顔を見てしまったのか笑いをこらえるように言った。


「なんで泣いてんの?」

「……っ」

「……はは、もう」


 よしよしと、泣きじゃくる私の頭を和花ちゃんは撫でる。

 こんな子供みたいな反応をするつもりはなかったのに。

 和花ちゃんの頑張りを知っていると、どうしても涙がこらえられなかった。


 今度は私が応える番だ。

 応えられると信じて和花ちゃんが疑わないのであれば、限界超えて頑張るしかない。

 ほんとうに、私にはもったいないパートナーだよ、和花ちゃんは。


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