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14.変化と停滞

 朝の会話以降、茜の様子がおかしかった。

 少しだけ縮まったと思った心の距離が、また遠ざかった。それは誤差のようにも思う。ほとんど会話のなかったこれまでの三年間を思えば相対的にまだマシだが、順調に改善していってほしいと思っていた自分としてはままならなさにもどかしく思う。

 しかし悩んでいても時が経つのは止められない。気もそぞろなまま授業を受けて、昼休みには朝できなかった三人の質問に答えて、午後の授業もどうにかこなして。そうしたらあっという間に放課後になっていた。


 椅子に座ったままうぐぐと伸びをして眠気を飛ばす。最近なかなか眠りが浅くてしょうがない。生活を疎かにするわけにもいかないので、夜は早めに寝るようにしていたのだけれど。

 スマホを見ると、ひなぎからメッセージが送られてきている。校門にはすでに到着しているらしい。まだ放課後になって時間は経っていない。校門に来客がいること自体気づいている人は少ないだろうし、それがまさかひなぎだと考えている人は皆無だろう。

 とはいえ、変装状態でもひなぎの容姿はすぐれている。あまり待たせてしまうわけにはいかない。


 鞄を持って、足早に教室から離れる。万一、ひなぎと話している姿が目撃されてもいいように、廊下を歩きながら髪をまとめる。

 髪さえまとめてしまえば、自分を柏木飾と認識できる人は格段に減る。

 代わりにすれ違う人から注目されるけど、必要経費と割り切ろう。伊達メガネも外して鞄の中からパーカーを取り出すと、それを羽織った。


「どこ行くんだよ」


 慌てて追いかけてきた夕が、肩で息をしながら訊いてくる。


「帰るところだけど。待たせるのも悪いし」


 固有名詞はわざと出さない。待ち人がいることだけを伝えると、夕はすぐに理解したようだ。


「ちょっと待ってくれ、二人も呼んでくる」


 呼んでくる、と言っていた夕は素早く身を翻す。しかし、その二人は遠くない場所にいた。迷わず近づいてこようとする笠原と、躊躇して留まろうとする茜。夕は二人を迎え入れるように近づいていって、有無を言わさぬ声音で「ほら行くぞ」と言う。


「お待たせ」

「二人して茜の背中を押しながら言うことか?」


 結局、最後まで渋っていた茜を笠原と協力して俺のところまで連れてきた。茜はなんとも言い難い表情をしている。


「邪魔でしょ」

「邪魔じゃない」


 こういうときに邪魔に思うなら、そもそも友人関係にすらなっていないはずだ。だからひなぎから用心深いと判断され、俺の友達なら問題ないと判断されるわけなのだが。


「夕には会わせてなかったから、ちょうどいいし。それに男二人と女子ひとりの構成だと、向こうからすればあまりよくないから」

「男ひとり女ひとり飾ひとりでしょ。案外バランスよくない」

「俺を別枠にするな、茜」

「むしろ今は男は俺ひとりで、女の子四人に囲まれる状況だからな。むしろバランス悪くなってるかも」

「しれっと女枠に入れ込むんじゃない」


 俺の言葉は、三人全員に無視された。悲しくなりながらも三人を校門まで連れていく。が、すでにもう手遅れだったようだ。


 そこには、すでに少なくない生徒たちが集まっていた。校門のそばで話をしている三人組が、どうしようもないくらいの注目を集めていた。というか、どうしてお前らが集まっているんだよ、と思わざるを得ない。

 謎の私服美少女と柏木和花、それからおまけと言うにはあまりに華やかすぎる来栖榛名。そもそも和花と榛名が学校で話していること自体が初めてじゃないだろうか。和花と榛名が知人であったことにまず驚き、その間に見知らぬ私服の美少女がいるとなれば注目されるのは仕方のないことだとは思うけれど。

 俺の後ろの三人はまさかの事態に唖然としていた。俺は肩を竦めて三人に待機を告げると、ひなぎたちに近寄る。


「どうしてこんなことになってんの?」

「カラオケ行きたいって言ったら釣れたよ?」


 ひなぎはあっけらかんと言う。和花たちは魚かよ。

 肩を竦めて、一度ひなぎの恰好を眺める。朝話した通り地味めなファッション。サイズの大きいグレーのパーカーに、黒のスキニーパンツ。外に出るときのカモフラージュであるメガネとウィッグ。ただ、その変装もあまり意味がなかったな。和花や榛名と一緒にいるなら結局目立つ。


「今日きみは夕飯当番じゃなかった?」

「うん、だから今日の夕飯代とカラオケ代は私持ちです。苦学生にはなかなか痛い出費ですが」

「苦学生っつったって稼いでる額は、一般のサラリーマンと桁がひとつ二つ違うだろうが」

「あははっ、そりゃそうだ」


 なんなら、実家暮らしで生活費も親の稼ぎから出ているのではないかと思う。そういう意味では、苦学生ですらないのではないだろうか。

 ひなぎはひまわりのような笑顔を浮かべていた。変装をしているから周りからはまだひなぎだと気づかれてはいないだろうが、ひなぎと知らなくともこの笑顔は破壊力が高い。


 少し考える。

 ここに、後ろの三人を合流させてしまうと周りからどのような視線が集まるだろうか。


「……うん、分けたほうがいいな」


 そう結論付けると、いったんひなぎたちから離れてうしろで呆けていた三人組のところに向かう。


「カラオケで落ち合おう。場所はわかるよね」

「……お、おう」


 俺が顔を隠していない以上、冷たい目を向けられるのは夕だろう。ぱっと見、唯一の男に見えるのだからしょうがない、俺が言うのも悲しいことだが。

 ぽんと夕の肩を叩いて、ひなぎたちのところに戻った。


「行こうか。あいつはカラオケについてから紹介する」


           *


 そのカラオケは、俺のバイト先である『Lonely』からそう遠くない場所にある。市内の中心部にあり、かなり遅い時間まで営業している。だが俺たちは高校生なので一応みんなは夜九時には自宅に帰れるようにしようと思いつつ、店内に入った。


「予約してた柏木です」


 カウンターの奥に座る従業員の女性にひなぎは告げる。部屋番を告げられ、マイクなどを渡されるとひなぎは「ひさしぶりだなぁ」と頬を緩める。


「うちの名字で予約取ったの?」

「うん。だって私の名前言って変に勘繰られても困るし」


 先行ってるね、とひなぎは言って和花たちと部屋に向かっていく。俺は少しここで待機だ。後から追いつくであろう三人を待つ。


「あの、飾さん。オーナーが」


 三人がいなくなってから従業員の女性に話しかけられた。女性の後ろにはモデルのような体型の女性が立っていた。


「よ、飾」

「うぇ。やっぱりいたんですね、律さん」


 年齢は三〇手前だが、俺の従姉である唯さんと年齢がそう変わらなく見える女性だった。彼女の名前は、柏木律。父の親戚で、つまりは相当な名家の生まれなのだけれど父と同じく奔放な性格なので、実家からは白い目で見られている。だから逆に父と仲良くしていたのだろうが。父の親戚では律さんぐらいしかまともな関わりはない。

 ちなみに、唯さんの店のテナントオーナーというのが律さんである。

 普段は全国的に知名度の高い旅館の女将をしているが、それとは別にいくつかのテナントのオーナーもしている。


「お前が来るって聞いたからな」

「あの、別に今回は俺が来ると確定していたわけじゃないですからね? それと酒くさいので近寄らないでください」


 経営者としては優れた才を持っているが、人としてはあまり参考にしてはいけない。酔っていない時間の方が珍しい人間なのだから、おそらくあまり長生きはしないだろう。


「……ん、それってどういう意味だ?」

「今日の予約は、俺がしたわけじゃなかったので。名前を言いたくなかったから代わりに使われたみたいです。あと近寄らないでください」

「なんだよ。なら先に言えよ」

「俺に言われても」


 近寄るな、という話はまったく聞いてくれなかった。肩を組まれ、馴れ馴れしくされる。


「おまえは本当にかわいいよな。あさひさんとは似ても似つかない」

「すみませんね、母親似で」

「あの鬱陶しいさわやか顔よかましだ。死んだときも、死んでいると思わないぐらいだったからな」


 不謹慎な話だが、気分は悪くならない。

 早死にした父親だ、多少悪く言われたとしても父は文句を言えないだろう。


「仕事は、忙しくないんですか。ついこの前までゴールデンウィークだったと思うんですけど」

「別にあたしがいようがいまいが仕事は回る。優秀な人材を高給で雇っているんだからあたりまえだろ。よっぽどのVIP相手じゃなきゃあたしはいらんよ」

「そですか」


 それなら、藍沢ひなぎはどういう扱いになるのだろう。

 律さん直々に相手をしなければならないという判断になるのか、はたまた。


「おまえは特別だ」

「聞いてないです」


 べたべたと暑苦しい律さんを押しのけて、従業員さんに押し付ける。


「それじゃあ、友人たちが来たので」

「おう。ま、楽しんでってくれ」


 ひらひらと片手を振る律さんを尻目に、ようやく追いついた三人に駆け寄る。

 助けを求めるように駆け寄ったから三人は戸惑っていたけれど、ここに来るまでの道中である程度気持ちを落ち着かせることができたらしかった。素直にひなぎたちの待つ部屋まで従ってくれた。


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