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13.自己嫌悪、後悔

茜視点

 柏木飾という幼馴染みのことを、実のところあたしはあまり理解できていないのだろう。


 家族ぐるみの付き合い、と言えるのだろうか。飾の父親はあたしが物心つく前に亡くなってしまったし、飾の母親も多忙らしく片手で数えられるほどしか会ったことがない。だからあたしはあまり家族ぐるみの付き合いとは思っていない。ただの近所の気心知れた幼馴染みという風に、三年前までは思っていた。


 でも、ある一件があって以来、飾の心は閉ざされてしまった。

 少なくともあたしに対してはそうだ。

 飾はたぶん自分が悪いと思っているだろうが、おそらく本当はあたしが原因なのだろう。

 原因が判然としていないから、推測の域を超えられないのが情けない。少なくとも対応を間違えてしまったことだけがわかっている。


 今回もそうだ。

 飾が自分から話をしてくれること自体が珍しいのに、つれない態度をとってしまった。


「あああ、失敗した失敗した失敗した」


 先に教室に戻ってきて、あたしは思わず頭を抱えた。

 予鈴が鳴った後だから、教室にはほとんどの生徒がいる。だから注目を集めてしまっていたのだけれど、正直そんなことを気にしている余裕はなかった。

 自分の席について、突っ伏す。隣の席の燈子が、複雑そうな表情であたしを見下ろしている。


「茜、その」

「……あんな表情させるために話したわけじゃないんだって。もう、なんで」


 つい、あんな態度をとってしまった。その理由は、自覚したくない。


「燈子は付き合いが浅いから知らないかもしれないけれど、飾はあたしたちにとってはヒーローなんだよ」

「ヒーローって」

「誇張じゃないよ。他人を理由に行動するくせに、その責任は全部自分で背負っちゃうの」

「どういうこと?」

「んと、例を挙げるなら『あたしを守るために行動して、あたしが勝手な動きで怪我しちゃっても、自分が悪いんだ』って思う感じ。各人が背負わなきゃいけないはずの責任ですら、結構肩代わりしてて」


 どう言えば伝わるだろう、と考えながら必死に言葉を選ぶ。


「自分をかなり押し殺してて、誰かのために行動して、その責任は全部自分で背負いこんで。だからそもそも、自分からなにかを話してくれること自体が珍しい。飾の中で自分のことは、優先度がそこまで高くないものだから」


 逆に考えれば自分からなにかを話してくれるときは、よほど大事なことか、どうしても話したかったことだ。


「その邪魔をして、まして飾に『話さなきゃよかった』みたいな表情をさせるのは、あまりにも最低でしょ」


 自嘲してしまう。


「あの、言っていいのかわからないけど、柏木くんってそこまでの人なの? 私はどうしてもそうは思えなくて」

「それこそ、逆。飾はあの柏木和花に『私が兄さんに勝てるのはピアノだけだ』って言わしめたやつだよ」

「え、はあ?」

「ま、信じられない気持ちはわかるけど。自分の実力を隠すことに才能を費やすとああなるの。燈子が去年、一回だけ成績二位になったときはたぶん飾が一位だったと思うよ」


 燈子は去年テスト期間に体調を崩したことがあった。それでも三位以下に大差をつけての二位だったのだけれど、まともに勉強ができなかった分少し落とした点数で飾に逆転されたはずだ。うちの高校は成績上位者を開示しないけれど、そのときの燈子がクラス順位と学年順位がどちらも二位だったと言っていたから間違いないだろう。


 あたしがどうして三位の点数を知っているのかといえば、去年同じクラスだったそいつが自分の成績を誇らしげに吹聴していたからだ。それをアピールポイントに自らが天才だと言わんばかりの勢いであたしに告白してきた。

 努力自体を否定するわけじゃないけれど、自分の努力を恰好いいだろうと自慢げに言うのは恰好悪い。本当の天才を知っていると、どうしてもちゃちなものに思えてしまう。


「だから、本当の飾はみんなが思っているような人じゃない」

「……それなら、あの噂はなんなの? 『柏木くんが茜のことをこっぴどく振った』っていう」

「そ、れは」


 言いよどんでしまう。たしかに、周りから見ればそういう風に見えたのかもしれない。


「むしろ、逆で。飾の告白に、あたしが応えられなかった、というか」

「……え?」


 今でも夢に見る。

 中学一年の三月のことだから、三年と少し前のことだ。


「このあたりは複雑なんだけどさ。さっきの話を前提に考えると、そもそも飾があたしのことを好きだとしても、飾なら自分から告白できなくてひとりで苦しむはず。そうすると、そもそも告白してきたこと自体が異常事態で、あたしも混乱しちゃって」


 燈子が信じられないものを見る目であたしを見ている。その反応は仕方がない。あたしだって逆の立場だったらそうなるだろう。


「愛の告白?」

「一般の考えという意味で言えばそう。ただ、たぶん純粋な告白じゃなかった。裏に別の目的があって、あたしと付き合うことでそれが達成される。だから告白してきたし、告白に踏み切れた」


 飾の性格を考えると、そう考えるのが正解な気がする。

 でも、そのときのあたしは飾らしくない行動に混乱して、結局なにもできなかった。


「あのときの飾はちょっとおかしかった。ずっと何かを頑張っていて、ずっと何かに堪えるみたいにちょっとしたことでも作り笑いしていた。だから、告白されたときに思わず『どうして?』って訊いちゃったんだよ。訊くなら最後まで責任もって聞き届けなきゃならないのに、あたしはできなかった」


 あたしの言葉を聞いた飾の表情が、今でも忘れられない。

 あたしの言葉の意味を一瞬理解できず目を丸くして、なにか言葉をひねり出そうとして、でも結局できなかった。ぎゅっと唇を嚙みしめて、泣きそうなのも我慢して必死で笑顔を取り繕うと『ごめん、忘れて』って言って、そのまま離れていってしまった。


「中途半端に質問するぐらいなら、なにも考えずに飾の告白を受け入れればよかった」


 よく考えれば、あたしは満更でもなかったはずだ。

 まだそのときは自分の感情に気づいていなかったけれど、それでも本当はうれしくなかったわけじゃないだろう。そうすれば、結果的にはすべてがうまくまとまったはずだ。


「あたしが対応を間違えただけなんだ。だから、あんまり飾のことを悪く思わないでよ」

「それは、ごめん」

「……ま、燈子が謝ることじゃないけどね。たぶん、飾が悪い印象を持たれている現状も、飾の狙いだと思うから」


 あたしの言葉に、燈子が首を傾げる。


「よく考えてほしい。飾が告白して、それを受け入れなかったっていう真実が広まったら、どうなる?」

「……あ」


 燈子はすぐに気づいた。

 あたしたちの関係が破綻したことで、結局はどちらかに悪評がつくのだ。

 あたしの気持ちはあたし以外の人は気づいていたはずだ。そこまでバレバレだったからこそ、あたしが飾の告白に応えないということこそがおかしいことなのだ。


「たくさん頑張ってたくさん我慢して、それでなんとか『告白』なんて遠まわしなやり方で助けを求めたのにそれも叶わなくて。それなのに、あたしが負うべき悪評を、全部自分で背負っちゃった。とんでもないお人好しというか、救いようがないというか」


 自分を悪者にして、他人を遠ざけたのはおそらく別の意図もあったはずだけれど。


「たぶん、もう誰かを頼るのも、怖くなったんだと思う。あたしがトラウマを植え付けたんだ。飾はたくさんあたしのことを守ってくれていたはずなのに、いざ飾がそうなったときに、あたしはなにもできなかった」


 本当は、もう飾と関わること自体が間違っているんじゃないかとすら思う。

 飾は今も自分を責め続けているのだろう。

 中途半端に助けを求めて関係を壊してしまったこととか。

 あたしの感情を利用して、目的を達成しようとしたこととか。

 壁を作ってあたしから距離をとって、あたしを傷つけたこととか。


 ほかにもいろいろ後悔しているだろうが、とにもかくにもあの一件以降飾は誰も寄せ付けなくなってしまった。進藤くんと関わるようになったのも、和花が大怪我した後のはずだ。だからそれまでずっとひとりで頑張り続けていたのだろう。


「あたしは無知で、馬鹿だった」なにより、あのとき飾がなにに苦しめられていたのかさえ今も理解できていない。「だから、これ以上飾を傷つける前にひとつ線を引くべきで、今がいい機会なんじゃないかな」


 飾の友人は、進藤くんが代わりにやってくれるだろう。

 それにきっと、藍沢ひなぎが今度は飾の隣に立ってくれる。

 あたしがいられる場所は、もう飾の近くにはないようにすら思える。


「でも、茜は柏木くんのこと」

「それは言わないで」燈子の言葉を遮って言う。「あのとき、飾の告白に応えられなかった時点でもうその資格はないの」


 仕方のないことだ。

 罪に対する罰は、あたしが背負わなければならない。

 ほかの誰にも背負わせちゃいけない。

 でも、胸が苦しかった。

 あたしはずっと三年前の後悔を続けていて、たぶんこれからも一生引きずっていくのだろう。


 今更気づいても遅いのに。

 あたしは飾が好きなのだ。



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