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18.夢を

「これで、俺らより年下なんて信じられないよな」

「ええ。むしろ、私たちがアドバイスもらわなければならない立場な気がするわね」

「私が偉そうに見えないですか?」

「花月さんが損して俺たちが得するだけだから、おっけー」

「その言い方やめろ」


 カナがナオヤの頭を叩いた。

 いいやり取りだなぁ、と他人事のように思う。


「葦屋さん、プロデュースしがいのある人たちをよく集めますね」

「……それって、私たちのこと?」

「ええ」


 自分の顔を指さしたカナに向かって頷く。


「ほかの二人とは実際に会ったことはありませんけど、あなたたち二人だけでも、私ならどういう風に育てようか、なんて思います」

「俺たちに才能があるってことか?」

「それもなくはありませんけど、才能なんて……才能なんてものは、実際はあまり重要ではありません」


 たしかに才能は大事だけれど、果たして本当の意味で才能の限界に到達した人はどのくらいいるのだろう、と首を傾げてしまうのだ。


 人の成長を阻害する要素というのは、挙げればキリがない。

 環境が悪かった、先生が悪かった。事故や病気、それに人間関係の問題など、自分自身ではどうにもならないことはいつだって降り掛かってくるリスクがある。


 自分自身の恵まれなさすら糧に成長できる反骨心というのは才能と言える。運の良さもまた、才能と言える。

 なら、ほかの人には才能がなかったのか、と。

 そういうわけではない、と信じてしまう。


「私だって、その道の才能があってお金をいただいているわけではきっとありません。お金の稼ぎ方を知っていて、自分をより良く見せるやり方を知っていて、知識や思考を劣化させず行動として表現できるよう努力しているだけです。才能だけなら私よりも優れている人は身近に何人もいます」


 今の自分の言葉は嘘と誇張が半分ほど入っていた。

 身内に自分より才能がある人はいるけれど、自分の身内に柏木和花や来栖榛名に並び立てる才能を持っている人が、そもそもいない。いるわけがない。

 自分自身の才能が、世間一般のいう普通の範疇にないことも理解している。


「私はただ、私の存在が相手にとってプラスになるかが大事に思います。きっと副社長が私とあなたたちを引き合わせたのも、そういう意図があってのものでしょうから」


 そしておそらくは、自分が仮に彼らをプロデュースするとしても、葦屋副社長とそう変わらないやり方をしただろう。

 たとえば今、彼らと自分が相対しているように、彼らを導くことができる人間をぶつける。

 誰かとのよい出会いが人を成長させるのだと、自分も副社長も信じている。


「お互いの存在がお互いにとって利益となる関係でいられる。才能はたしかに重要ですけど、それ以上に出会った人との相性が未来を左右する。私はそれを信じていて……えっと、元々なんの話でしたっけ?」

「……俺たちに才能があるか、だったっけ?」ナオヤがカナの顔を見た。

「ええ」カナが頷く。

「そうでした」

「ごちゃごちゃと頭に思い浮かんで整理がつかないのが、私のダメなところです」苦笑いする。「要するに、二人は私と相性がいいと思ったから、ちょっとだけ導いてあげたいなって思ったんです。才能があるかどうかは、あまり関係がありません」


 正確には相性がいいと言うより、ある程度自分が実力を見せても心が折れることはない、と思えたのだ。

 葦屋副社長に視線を送った。彼は肩を竦めると、部下に指示をする。


「せっかくだから、一曲プレゼントしましょう」二人が目を丸くした。「ちょうど行き場のない曲がひとつあって、いろんな色にも染まる……自分の歌だから」


 誰にも歌えて、誰のものにでもなれる。

 行き場がなかったのは、そういう理由で。


「この機会に、公開してみようと思います」


 そのタイミングで、ブースにスタッフがギターを抱えて入ってきた。

 それを受け取って、チューニングをしながら今日の相棒の感触を確かめる。


「いいギターじゃん」


 呟く。ヴィンテージものだがよく手入れされていて、使い手の愛を感じる。どこからこんなものを引っ張ってきたのだろう、もしかすると葦屋副社長の私物かもしれない。

 ブースの外にいるひなぎの目に、期待と恐怖が見えた。

 彼女からすれば、俺は歌手としてぽっと出の新人だが、柏木飾の実力や才能というものを知っている。


 良いものが見たい、聴きたい。

 だけど、それが自分の矜恃を砕くものだったら?


 その気持ちに寄り添って、歌を以て支えてあげることもできないことはない。

 しかし、果たしてそれは、意味のあることなのだろうか。

 過保護でありやしないか?

 守っているつもりになって悦に浸って、実際は相手にとって一切益のない、或いは有害な行動をしてはいないだろうか。


 マイク等の設置が終わり、気持ちを歌に寄せていく。

 二人の表情を見た。

 先ほどまでの花月舞奈の纏っていた空気感からかけ離れていくのを直接肌で感じ取っているのだろうか。この場に呑まれていくように、圧倒されたような表情をしている。

 小さく笑って見せた。

 誰かを支えたいという思いも偽りでは無い。


 と、同時に。


 誰かの夢や希望をやさしく手折ってあげるのもまた、誰かの責務ではないかと思う。

 向いてるだの向いてないだの、そんなことは些事だ。

 どんなものに影響を受けたって、受けなくたっていい。

 自信を持っていても、持っていなくてもいい。

 夢を追うことを楽しんでいても、苦しんでいてもいいのだ。


 ただ、少なくない人は夢を追うことをやめる理由を探している。

 そういう人のためになれたら。

 夢を追う後押しにも夢を諦める後押しにもなれる、歌を。

 目を閉じ、過去に思いを馳せた。

 それが、自分が自分ではない他人に成り代われる、一番の最短経路だった。


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