17.配信開始
配信の流れはシンプルで、ラジオのような形式でナオヤとカナの二人がパーソナリティを務め、ゲストの自分と一緒にトークをするといった内容。カメラも回っていて出演者の様子は視聴者から見えているため、迂闊な行動はできない。
とはいえ、形式ばった配信というわけでもないから、ある程度は自由にしていいと副社長からのお墨付きはもらっていた。
ちなみに、自分がどういった存在なのか、配信が始まる直前だがまだほとんど明かしていなかった。
パーソナリティの二人の新鮮な反応が期待されているのだろう。
副社長も事前に明かしておけとは微塵も言う気配がなかったのだ。意見が一致するのは癪だが、逆らうほどの理由もなかった。
ぬるっと配信は始まった。
パーソナリティ役の二人がいつも通りの挨拶をし、ゲストとして自分を紹介される。
「花月舞奈です。きっと、ほとんどの方は初めましてだと思います。この名義で活動するのは今日が初めてなので、ちょっと緊張してます。よろしくお願いします」
実際は露ほども緊張していなかったが、心象よくするためにそう言って頭を下げた。二人が拍手してくれる。
「よろしく。ところで、どういう経緯でうちにゲストとして出る流れになったんだっけ? そういえば詳しく聞いてないよな」
「うちのプロデューサー、そういうのわざと隠すから。なにがあったの、花月さん」
「葦屋さんに誑かされました」
ブースの外で激しく動揺する副社長の姿が見えた。自分は苦笑いしながらも、自分の演技が生配信らしい姿から逸脱しないように意識していた。
「今日はただ渋谷を友人と歩いていただけなんですよ。そこで葦屋副社長に話しかけられて、いつの間にかこんなところに」
偽りも織り交ぜながら語る。
「副社長は以前からの知り合いでしたけど、まさかこんな、強引な方だと思っていませんでした。……こんな気持ちにさせられたの初めてで……」
「……プロデューサー?」
ナオヤの視線がブースの外に向かった。
ああ、焚き付けすぎてしまったか。小さく咳払いし、「半分は冗談ですよ」と誤魔化す。
「この名義で……というと、これまでは別の名義での活動があったってことだよね。そっちの活動については訊いちゃってもいいの?」
「多少は話せます」
「そっか!」元気よくナオヤが割り込んでくる。まるで、自分のことを知る機会を待っていたようだった。「結構慣れてるみたいだけど、配信者とかやってる? 俺、結構そういうの見るんだよね!」
「そういうの見るなんて意外ですね。でも残念、私は配信に出た経験はないんです。これが実質初めてで」
「そ、そうなんだ」カナが少し驚いていた。「私なんて、初めて配信するときはどきどきだったんだけどな。私たちより年下でしょ」
「ええ」
実年齢を告げると二人からも視聴者からも驚きの声が上がった。
二人よりも年齢を下に見られていたのは事実、かといって実際に高校二年生ともなれば驚くのも不思議ではない。
「最近の若い子はすこいなぁ。肝が据わっているというか、無駄に度胸があるというか」
「無駄、は余計じゃね。年寄りくさくなってる」
「なによ、私もまだまだ若人の類じゃけぇのぅ」
カナとナオヤが、場を乱さぬようにトークで繋いでいた。
こういうところは上手いと思う。自分にはできないことだ。その場のノリというものに柔軟に対応できるところに、素直に感心してしまう。
「一七っていうと、藍沢ひなぎとも一緒だろ?」なにも気づいていないナオヤが、場の流れでその話を切り出した。カナが一瞬引き止めかけたけれど、もう遅いと気づいたらしく途中で口を閉じたがわかった。「最近の若いのは才能があって羨ましくてたまらんよ。あーあ、やんなっちゃう」
「世間から見れば、ナオヤさんもカナさんも才能溢れる若者の括りに入っていそうですけどね」
「そういう達観した視点で話されるのがこっちとしちゃあ堪らないのよ」
ナオヤはわざとらしく肩を竦めた。
本心からの言葉だということは言うまでもない。
「実際のところ、藍沢ひなぎと交流はあったりする感じ?」
言わなくてもよいというような雰囲気を出しながらナオヤは言った。薄々と感じ取っているものはあるのだろう。かといって真実を知ってしまえば、取り返しがつかなくなる。
そんな心情に、ナオヤの藍沢ひなぎに対する憧れが見え透いていた。
「……そんな、知り合いだからといって誇れることじゃありませんけどね」
そう、遠回しに答える。
ナオヤは一瞬固まった。
「ひなぎは友達です。なんでも知ってますよ、健気でかわいいところとか彼女の恥ずかしい秘密とか。あんまり大っぴらにできるようなことは言えないですけど……まあ、いろいろと」
ナオヤは固まったままだった。カナが呆れたように肩を竦めながら、話を繋げる。コメント欄は盛り上がりを見せていた。
「友達なんだ。もっと深く聞いてもいい? 彼女と仕事でもなにかしら関係はあるの?」
「あります」あっさりと言う。「この前、彼女には秘密で一曲贈りました。例の、話題になった曲」
そこで、ナオヤのみならずカナまでもフリーズしてしまった。
「和花……えっと藍沢ひなぎの曲を書いてるカズネの曲しか歌いたくないって、最初は渋ってたみたいですけど、 曲のクオリティで黙らせました。ちなみにあの曲は、元々は来栖音葉に贈った歌でした。ひなぎは、音葉の大ファンだったから、よかれと思って」
コメント欄にも二人と同じ動揺が広がっていた。
なんならブースの外の面々も、面白い表情を浮かべている。
くすりと笑って、話を続ける。
「打ち明けると『舞奈』という名前もあのとき限りの名前にするつもりだったんですよ。日本ではあまりメジャーではないですけど、私とも関わりの深い『Minor』っていうクリエイター集団の名前から適当に取っただけ」
名前をつけた日のことすら思い出せない。
この名前に対する思い入れの浅さが、自分の適当さの裏付けだった。
「ほんとは、色々名義を持っていて、手広くなにもかもやっています。作曲はけっして本業ではなく、興が乗ったときだけ。実際『Minor』との関わり方も、私が描いたコンセプトアートにみんなが勝手に詩をつけて、曲をつけて、動画をつけているだけ……。放任主義なんです、私は」
話を切り替えて、とナオヤに視線を送った。
これ以上、本来の主役から場を奪うわけにもいかない。
「しょ、衝撃のお話が、」ナオヤの喉はからからだった。一瞬声が澱んで、彼は咳払いした。「……ちょっと、びっくりしちゃいました」
「私も……なにを言えばいいかわからなくなってる」
「ねー」
フリーズからの立ち上がりの仕方は微妙だったけれど、元の調子に戻るのは早かった。彼らもプロだな、と思う。




