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14.告白

「……来栖さんが亡くなる前後、自分は担当してたアイドルと付き合ってたんだ」


 死にそうな表情で葦屋は告白した。

 今自分たちは、葦原プロの事務所にいる。面談等によく使われるという防音機能が備わった部屋の中にいて、副社長の告白はほかの社員の耳には入らない。……とはいえ、知り合ったばかりの高校生に自分の痴態を話すのは苦しいものがあるだろう。表情からそれが伝わってくる。


「まだ平の取締役で副社長ではなかった。数は少ないとはいえいくらかのタレントは自分が受け持っていたんだよ。そのなかにとても魅力的な子がいてね」

「妻帯者なんです、この人。要するに不倫」

「か、飾くんっ。それは言うなよっ」

「奥さん、とんでもない美人ですよ。元役者の、えっと、この人」


 葦屋の言葉は無視しながら、スマホで検索した画面をみんなに見せる。

 三原詩織という元役者が葦屋の妻だった。

 その名前を聞いて、夕が大きく反応した。


「み、三原さんって父親も……」

「そう。平成の名俳優。詩織さんは二世役者だったわけだけど、結婚を機に引退。その旦那が副社長」


 そして三原詩織の父親はこの葦原プロのキーパーソンであり、大手事務所へと引き上げた立役者である。葦原の『葦』は副社長の父親から来ているが、『原』の字は三原氏から来ている。

 非難の目が副社長に向けられた。


「よ、嫁がどうのとか関係ないんだよ。魅力的な人がいたら、その人のことをよく知りたい。その手段のひとつが男女交際なんだって」

「ちなみに、そのアイドルのほかに三人、合計四人の女性と当時は蜜月だったはず」

「なんでそこまで言っちゃうんだよっ」


 さらに厳しい目が副社長に向けられ、副社長は『もうやめてくれ』と言わんばかりに俺を見た。

 女性関係にだらしない情けない男だが、こんなでも女性からモテるのだ。

 今の見てくれからは想像できないけれど、整えれば綺麗な顔をしているし、言葉遣いも丁寧で歯の浮いたセリフを恥ずかしげもなく言える男だ。つい騙されてしまうのも理解はできる。


「ま、副社長の痴態はあまり重要なところではないからその辺にしてあげようか」


 ほんの少しだけ慈悲を与えてやることにした。


「なんだかんだ、副社長は使える男だったんだよ。だから、このネタで脅して、来栖音葉が事故後にいろいろと動いてもらったの。『ばらされたくなかったら、俺に従ってもらおうか』ってね」

「言い方……」笠原が俺をじっと見る。「どこからそんな情報仕入れたのよ」

「秘密」


 様々なところにコネはあるけれど、それは明かすべきでないだろう。自分の持つ大きな武器のひとつだ。


「ひなぎは知ってるだろうけど、葦屋副社長の能力は高く評価できる。だから、父と来栖音葉の婚姻関係も、俺や和花との親子関係も、今の今まで封じ込められた。それはね、副社長が暗躍してくれたからで」

「それを先に説明してよぅ」

「まず人間性から知ってもらった方が、正当な評価をしてもらえると思って」

「鬼畜!」

「まず、自分のだらしなさを自覚してください、副社長は」


 肩を竦める。副社長からもらったペットボトルの緑茶をひと口飲んで、全員の表情を見る。ひなぎはただ純粋に、仕事仲間の腐れ具合に引いていた。夕や笠原、樒海も副社長には引いていたけど、初めて入る芸能事務所の様子に興味も示している。


「ひなぎ」ふと思い立って少女を呼んだ。「せっかくだから、事務所の中三人に案内してあげて。ひなぎがひなぎだってこと、ウィッグ被っていてもこの事務所の人はわかるはずだよ」

「ええ、私ここの関係者じゃないよ」

「俺の名前出せば誰も無碍にはできないから、いざというときは」

「……飾くん、何者なのよ」


 ひなぎは、「まったくもうっ」と言って三人に声をかけ始めた。四人揃って外に出ていくのを確認して、副社長に近寄る。


「ちなみに」無表情で訊く。「さっき出てきた四人の中で、今も繋がりがあるのは?」

「ひ、ひとりだけ」

「ほんと、ろくでなしですね」


 あれだけ大騒動になったというのに、今も誰かとの愛人関係を続けている。人としては軽蔑せざるを得ない大人のひとりだ。


「あの、柏木くん」

「なんですか?」

「もっとちゃんと説明した方が柏木くんの心象はよかったんじゃないの? まるで自分が悪者みたいに『僕を脅した』なんて言って」


 実際に起こっていた問題は四人に話したものとは少々異なる。

 実際は自分が副社長の問題に介入したときにはすでに、彼の不倫の話は葦屋夫人の耳に入っていた。その輪の中に入り込み、夫人の怒りを収めた代わりに要求を呑んでもらったのが、真実。

 副社長はびくびくしながら、それでも口を開く。


「正直言ってきみは僕にとって恐怖の対象ではあるけどね、恩人でもあるんだよ。そりゃ僕の家庭内の自分のヒエラルキーは最下層まで落とされたけど、見放されることもなかった。柏木くんが裏で根回ししてくれたおかげでね」

「言っときますけど、もう全員からの好感度は上限に達しているので、言葉の些細なニュアンスによって与える心象に大した影響はないです」

「そ、それもそうだけどさ」

「……まあ、ほんとうは女絡みではもっとろくでなしですもんね、副社長は。中途半端に悪く言われて、中途半端に擁護されるのを是としないなら、まずは自分の行動を省みたほうがよいかと」


 こうやって中途半端に擁護されるほうが副社長に効くことを、理解していた。

 俺の言葉に副社長は項垂れた。


「やっぱ、敵わないなぁ……」


 目元に手を当てながら、副社長は言う。


「来栖さんが亡くなってから三年……か。これが天才と凡人の違いかな」

「世間から見れば副社長も十分、才能がある人間ですけどね」

「そうかもしれない。でも、それでは不十分なんだ。だから、使えるものは全部使ってみんなをマネジメントしている」


 その使えるものの中に、愛人関係が含まれることも自分は理解していた。

 人は他人を知って強くなる。

 特に異性を知るということは、子供が大人になるという過程でなくてはならないものだろう。

 それは、一種の翼を与える行為のように思う。

 関わりの中で正しく接してあげることができれば、相手は天高く羽ばたけるようになる。間違った接し方をすれば、相手を墜落させる要因ともなってしまう。

 副社長なりに、上手にやってきていることは理解している。

 それは彼の実績に如実に反映されている。


「慰めはいらない。ただ、自分には柏木くんをプロデュースできない。柏木くんみたいなじゃじゃ馬、誰だって手に余ると思うな」

「ま、それはその通り」


 最近は自分でだって、柏木飾という生き物を上手くコントロールできない。


「自分も、コレをどうにかできるのは榛名ぐらいできないとは思います」


 次点で樒海だが、彼女は芸能界に疎い。

 だから別に、自分を誰かに任せるつもりはない。


「本当は、『柏木飾』をプロデュースできる人間になりたかった」

「俺は副社長の愛人にはなれませんよ」

「……そういう話じゃないって」副社長は嘆息する。「柏木くんに釣り合う存在になりたかった。でもきみは月じゃなくて、太陽だったんだね」

「自分は、月ですよ。周囲に輝く人が多いから頑張れる」

「それで周囲よりもまばゆい光を放てるのなら、周囲はたまったもんじゃないと思うな」


 その結果が今の自分と言わんばかりに、天井を見上げていた。


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