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リリアーナ・ラテニア侯爵令嬢は猫かぶりです。







「ラテニア嬢、私と……別れて頂けませんか!!」




腰を90°に折りたたみ、最大限の謝罪の姿勢をとるオリーブ色の髪をした目の前の男性。


彼はエクレイ子爵令息、紛れもない私の婚約者。

口の端が僅かに上がるのを自覚し、いけないと表情を正す。

左手を頬に添え、悲しみに顔を歪めつつ懸命に笑顔を取り繕う顔をする。




「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」




エクレイ子爵令息はしどろもどろになりながら、もごもごと口篭る。

その後決意したかのように顔を上げ、意を決したように口を開いた。




「貴女のような高貴で清い方のお隣に私が立つなど役不足なのです!!どうか…どうかお考え直し頂きたく…っ」



「そう…でしたのね。とても優しく思いやりに満ちた方と出会えた、なんて思っていましたが...。わかりました、父にはこの事は伏せ、話し合いの末円満にお別れしたとお伝え致します」





その言葉を聞くなり何度も頭を下げ、あまつさえ私を拝み出した。

そんな彼を宥めて足早に走り去る後ろ姿を微笑みながら見送る。

―――見えないように背中の後ろに右手を回しガッツポーズした。




少し離れた場所で待機していた侍女のルイザと共に待たせていた馬車に乗り込む。

ありがとう、と薄く微笑み彼女に感謝を伝え、ルイザが乗り込み馬車の扉を閉める。

――その瞬間。




「勝ったわ」

「…まさかお嬢様」

「そう、そのまさか!たった今記念すべき9回目のお別れをしてきたの!!ほらね、ひと月ともたないって言ったじゃない!賭けは私の勝ちね〜」




はぁ、と溜め息をつき賭け金である銀貨2枚を私に手渡すルイザ。

今回の男は頻繁に会うこともなかったからひと月半はもつと予想していたのに。

あーあ、大事な銀貨2枚が…と肩を竦めるルイザ。


それとは対照的に鼻歌交じりに外を眺めて帰路を見つめる私。




とても悲しいことに私、リリアーナ・ラテニアには欠点がある。

それは付き合った男性と長続きしないことだ。




基本的に家から出ず、日に焼けていない真っ白な肌。

深く澄んだサファイアのような瞳、それに加えて白銀の長髪。

少し微笑むと周りが息を飲む程に整った顔立ち。

そして彼女の家族であるラテニア侯爵家は、王国でも名を知らない者は居ないほど有名な家なのである。





“ラテニア侯爵家は礼節を重んじ、人を差別せず弱きを助ける慈悲深さである”

“貴族の鑑ともいえる清い心を持っている”

そしてそれに追い打ちをかけるかのように、私の容姿も相まって貴族たちは私を高嶺の花だとか女神だとか言っている。





確かに父と母は慈愛に満ちていて、困っている人には迷わず手を差し伸べるような人だし、1つ上の兄もその血を引き継いで弱者の味方でいるように努めている。

それは娘である私にも多少なりとも受け継がれているはずだけれど、私は聖人君子でもなければ女神でもない。

でもラテニア侯爵家の名に傷を付けるわけにもいかないので、少々荒っぽい性格を隠して人前では慈愛の女神のように振舞っている。





「侯爵様に今回はどういう言い訳をされるおつもりで?」

「いつも通り無理でしたー!で終わりよ。そもそも私を結婚させようなんて考えるから悪いの。結婚なんてするもんですか、独身最高!!」





嬉々として喋るリリアーナを横目にルイザは大きな溜め息をついた。




陽の光が反射してキラキラと輝く白銀の髪を腰まで伸ばし、それに見合うように透き通った白い肌。

大きくもキリッとしたアーモンド型の瞳。

その色は深く澄んだサファイアブルーで、宝石のように美しい。

リリアーナは誰が見ても恐ろしく整った顔立ちで、男女関係なく魅了してしまう程神秘的な見た目をしていると思う。




幼い頃から知的好奇心が旺盛だったため、様々な分野の本を読み漁り社交界随一の博識であることも有名だ。

それだけには留まらず、礼儀作法やマナーにおいても彼女の右に出る者はいない。

つまり完璧超人なのだ。



そんな彼女は相手に困らないはずなのに、年頃の甘ーい恋愛には微塵の興味もないのだ。

はぁ、本当に宝の持ち腐れ………。

馬車に揺られながらルイザはそんなことを考えていた。





***




無事屋敷に到着し、ルイザと出迎えてくれた侍従たちと共に中に入る。




「帰ったらすぐに部屋に来るように侯爵様に言われていますので、お部屋に向かいましょう」




ルイザの言葉にうげー、と吐くような仕草をする。



これはまたグチグチと小言を言われるに違いないわね。

まぁ、いつも私が言い負かしちゃうから全然気にしてないんだけどね。


2階にある父の書斎に行くと、そこには母も一緒に座って待っていた。

……今回は少し長引きそうね。




「リリィ、おかえりなさい」




白銀の髪をサラサラと揺らしながら、向かいにある席に座るように促す母。

言いくるめるのが困難なのはその実、母であるティーニャ・ラテニアだ。

父はよく頭が回る人だが、母は頭が回る上に人の虚をつくのが上手い。

優しい微笑みの後ろで時折黒い羽根が舞うような幻をよく見る。

あまり口で勝てる自信がないけれど、頭が固い人ではないので何とかなるだろう。



ふぅ、と一息つきソファに腰かける。





「リリィ、今日はエクレイ子爵令息と会ってきたんだよね?どうだったかい」

「お察しの通り円満にお別れしました」

「やっぱり!君はどうしてすぐ別れてしまうんだい!!」



テーブルに両手をつきおいおいと泣き始める父。

そんな父を満面の笑みで見つめる私。




「僕はただ年頃の令嬢らしく甘くて酸っぱい恋の1つや2つして欲しいだけなんだ…そんな娘の相談に乗って、あわよくば婚約してほしい!娘はやらんぞ!的なことをしてみたいんだよう…」

「リリィ、貴女恋人とお別れするのは今回で9回目よね?別れた理由を聞いてもいいかしら?」




捨てられた子犬を撫でるかのように父を慰めつつ、そんなことを聞いてくる。

私は告げられたセリフを1文字も違うことなく告げた。

すると泣いたフリをしていた父が両手で頭を抱えながら息を吐いた。




「前もその前も同じ理由で別れたじゃないか…。表向きの顔だけでなく、素を見せたら意外と上手くいくかもしれないよ?」

「お父様、お言葉ですが質問しても宜しくて?」

「なんだい、愛しいリリィ」

「社交界では女神だなんだのと持て囃されてる令嬢がその実、毎日どれだけ高い木に手を使わず登れるか挑戦したり、何も言わず勝手に街に行き護衛を()いたり、身分を隠して剣術の大会に出たり、王国騎士団副団長に負けなしだなんて、驚いてひっくり返るに決まってるじゃない?それに、最初にお付き合いした令息のことを覚えてないとでも?」




テーブルに上半身を乗り出し、父に詰寄る。

ギクリ、と肩を揺らしたがははは〜と笑いながら目を泳がせる。

溜め息をつきながらドスン、とソファに座り直しツンとした態度を示す。



「飾らない君が好きだとほざいておきながら、私の素を少ーしだけ見せた途端に土下座して別れをせがむなんて初めての恋人がこれじゃ、恋愛に希望なんて見いだせるわけないじゃない。普通の令嬢なら夜通し泣いて目をパンパンに腫らして引きこもるところよ?」

「ま、まぁまぁ、そんな逞しい女性も僕はアリだと…」

「――そもそも!!」


父の言葉に被せるように私は続けた。




「多くの知識を学びたいとせがんだのは私だけれど、お父様やお母様がいざという時に自分の身と大切なものを守れるようにと剣術や弓、体術のありとあらゆる事を叩き込んでくれたのに、それが女らしくなくて嫌だという人を私は夫にしたくないわ!まるで2人とラテニア侯爵家を馬鹿にしてるようで我慢ならないのよ」




リリアーナは本当にこの事が腹立たしく、1回目の失敗から学び自分の素を徹底的に隠すように心がけていた。

大事な両親が教えてくれた一つ一つをリリアーナは大切に思っており、守る力を授けてくれたことに誇りを持っている。





あの日の土下座でその誇りを否定されたような気持ちになっていたのだ。

自分の誇りはもちろん、両親や何よりラテニア侯爵家とそれに連なる者たちの名誉を守るためにも、人前で素は出さないと決めたのだ。





「――リリィ、ありがとう。私達のこと、ラテニア侯爵家のことを本当に大切に思ってくれているのね」




ティーニャは目を細め、ふわりと微笑みながらリリアーナの頭を撫でる。




「それでもね、私達は貴女が全てを捧げたいと思えるような人に出会って、幸せに暮らすことを夢みてしまうの。いつか大切な人に出会うまで、色んな経験をして自分を磨き続けて。きっと貴女に寄り添えるような人と出会えるはずだから」



ティーニャはリリアーナの自分たちと家門に対する胸の内を聞き、嬉しくもあり寂しくもあった。

何者にも縛られない自由で愛らしい我が子が、結婚などという縛りが嫌でこんな行動を取っていると思っていたら…。

彼女なりに家門を大切に思い、家族を誇りに思い、何より自分の誇りを守るための行動だったとは。




「さぁ、リリアーナ。もうすぐ夕食の時間だから、支度してホールにいらっしゃいね」

「わかったわ。お父様、お母様、また後で」



書斎を出ていくリリアーナの後ろ姿を見つめながらティーニャがポツリと呟いた。



「ねぇアルフレッド。子供の成長ってこんなに早かったかしらね…少しだけ寂しいわ」

「そうだね。僕と君の血をしっかり受け継いだ、強くて優しくて真っ直ぐな子に育ってるよ」



そう言ってアルフレッドはティーニャの肩を抱いた。

いつかあの子が心から安らげるような、そんな相手と出会える事を祈って。







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