俺の住むこのアパートには本性を現した隣人がいる
「あんた、何者だ」
「どういう意味ですか」
急に敵意をむき出しにした洸さんに俺はたじろぐ。
「お前、黒のスパイか?」
「ダーク?すいません。意味が…」
「まだ、とぼけるのか!」
洸さんは近くにあった、鉄棒を手に取った。危ないやつだ、これ。
「どういう意味ですか」ともう一度言う。
「とぼけるつもりならいい。決闘すれば、だれかなんてすぐわかる」
ああー。精神科かな。いや面倒くさ。
「すいません。会社に遅れてしまうので、じゃあ」
歩き出す。
「お前、逃げるな!…ちょ、あ、こんにちは~」
近所の知らないおばさんが来たのだ。洸さんはおばさんのおしゃべりにつかまったようだ。おばさん、サンキュ!
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会社が今日も終った。明日も、会社だ。だから、早く休みたい。のだが…
「すいません。なんで待ち伏せされているんですか、俺」
ドアをふさぐようにして洸さんが立っていた。
「当たり前だろ。スパイと思われるあんたを野放しにするわけにはいかない」
「なぜ俺がその、スパイだって思っているんです?」
この誤解さえとければ、解放だ。
「あんた、俺の術にかからなかったじゃん」
いつ、術をかけられたのかな?まず、どういう術をかけたのかな?
「黒にキャンセラーをできる者がいると聞いたことがある」
はあ、キャンセラーですか。
「あんたの発動条件はなんだ」
「何を発動するのですか?」
「魔術だよ。決まっているじゃないか!とぼけるな!」
「ま、まじゅつ?」
「発動条件は?」
「え?」
ぽっかりとした俺の顔を見てか、洸さんが不審な顔をした。
「お前、本当に知らないのか?」
「知りませんよ」
「嘘か?」
「なんで俺がそのスパイとやらに疑われなきゃいけないんですか?俺、普通の会社員ですよ?ふつうに仕事帰りで疲れています。帰りたいのですが」
確かに、と洸さんがつぶやいた。「確かに、今日一日中見張ったけれども、黒らしい動きがみられなかったな」
そうだよ!ってか、見張られていたの?俺?
洸さんは頭を下げた。
「すみません。あなたを黒と…早とちりしてしまいました」
なに、この態度の変わりよう。ていうか、会社員だって言っただけで信じてもらえるの?警戒心薄い!でも、まあいいか、帰れるし。
「分かってくれれば、いいですよ。…で、通してもらえます?」
「あ?ああ」
洸さんが横にどいた。
俺は部屋の鍵を探す。
「なんで不思議に思わないんですか。俺、魔術とか、黒とか言ったのに」
洸さんがふときいてきた。
「興味ないからですよ」
「そうですか」
本当に興味がないのだ。
今日は曇りだったから、月が見えなかった。
鍵をかける。電気をつけた。だんだん目が明るさになれる。
「でも俺、ちょっとだけ、知っているよ。魔法を」
声には出さなかった。
今回も読んでくださり、ありがとうございます。
いよいよ、情景描写が少なくなり、我ながら恥ずかしい限りです。