嵐の予感(三十一)
記録を掘り起こし、最初にSlowtimeに登場した時と、一度いなくなったことが復習される。その上で、再びSlowtimeに登場した原因については、『パパ』が殴り込んで来たと、結論された。
「えーっと、記録班から報告させて頂きますとぉ」
そう言って『バイトねーちゃん』と書かれたノートを持った男が立ち上がった。会場内が静かになり、視線が注がれる。
「エリーゼを演奏した記録は、ありません」
「え、本当?」
「意外。何で?」
何でと言われても、仕方がない。別に、リクエストをしている訳でもないし、ピアノ曲は星の数ほどある。いや、星の数は言い過ぎか。砂漠の砂粒と言って置こう。
「きっと、パパより下手だからだよ」
誰かが言った言葉に半数以上が頷いた。それなら納得が行く。
「矛盾点はありませんか?」
「バイトねーちゃんは、態度がデカイので、おっさんと、類似点があります」
「そうだねぇ。態度、デカイよねぇ」
「あ、みんな、そう思っていたの?」
会場内が、笑いに包まれる。和やかなムードだ。
「では、バイトねーちゃんと、おっさんは親子ということで決定」
書記がホワイトボードに『親子』と書く。会長が、更に言葉を続ける。
「雇い主であるマスターが、何故にあそこまで、のさばらせているのか、不思議に思います。その点についてはどうでしょう?」
誰かが手を挙げて、答える。
「それは、おっさんが、怖い顔だからだと思いまーす」
「なら、異議なし」
「異議なし」
「そうだね。異議なし」
書記がホワイトボードに矢印を書き込み『マスターびびっている』と追記した。
「こんな感じでしょうか」
「そうですね。では、決を採りましょうか」
会長が頷いて、多数の酔っ払いがそれに同調した。
その時、ガラガラっと勢い良く、下座の戸が開く。傍にいた人が、思わず大きな声を上げる。
「あっ、会長!、じゃない、前会長!」
「おぉ、キター」
「お久しぶりっす! どうぞこちらへ!」
照れ笑いをしながら、右手を上げて入ってきたのは祐次だった。
「いよぅ。すまんねぇ。遅くなってしまったよ」
祐次は下座に座ろうとしたが、上座に押し出される。
「祐次さん、メール読まないからなぁ」
「誰か、電話したのか?」
「俺。俺が連絡したー」
祐次が古参メンバーの聡に「おう、ありがとな」と言った。そして、懐かしいメンバーに挨拶をしながら、一番上座に向かう。
Slowtime音楽愛好会は、七人のピアノ好きが集まって結成された。その時『最初はグー』の文化に馴染んでいなかった祐次が、チョキを出して会長になる。
それでも会長になった祐次は、積極的に皆を引っ張った。会則を決め、色々な催しをした。
一番重要だったのは、情報をデジタル化しないことだった。議事録は紙に残す。録音はせず、記憶に留めることにした。
音楽は時間の芸術。だれもその流れを止められない。
同じ曲でも、まったく同じに演奏されることはないし、感じることもない。それが祐次の音楽に対する考えだった。
七人の中で、唯一ピアノを弾かない祐次であったが、再現レベルはズバ抜けて高かった。
以降、ピアノを弾かない者で『S級』と認定された者は、いない。




