嵐の予感(二十八)
謎のおっさんがSlowtimeに現れて紅茶を頼んだ。
そしてマスターが、それを承諾した。
何ということだ。いや、だから緊急招集になった訳だが……。
謎だ。謎過ぎる。会場を、異様な雰囲気が包んでいる。あちらこちらで、状況分析が始まっていた。
会場には、ビールの他に『ホワイトボード』が持ち込まれ、書記が状況を書き込んだ。
まず『ピアニストA』と書かれ、山村が報告したおっさんの一言『熱いの一つくれ。あと紅茶も。まだアッサムあったよな』も、書き込まれた。
そして『暗闇でエリーゼを完奏』と書き込む。それを見届けた会長が、大声で皆に聞く。
「そのおっさんは、紅茶を飲むのか? 以前にメニューを、クリアしたのか?」
会場の中で、キョロキョロと指を指し合う。指を指した者も、指された者も、首を傾げるだけで、誰も確認できなかった。
「あれは先代の会長が考案した『難攻不落のメニュー』で、メンバーでもクリアできた者は、いないんだぞ!」
誰かが言った。そこに口を挟んだ者がいる。
「あの『バンド姉ちゃん』だけだよなぁ」
「そうだ。でも『バンド姉ちゃん』は、プロっぽいから除外だな。芸能人の特殊能力は、我々素人の能力を、遥かに凌駕する」
会場の殆どが頷く。
書記がホワイトボードに『メニュー未クリア』と追記する。
「関係者なんじゃないか?『まだアッサムあったよな』だろ? 『まだ』ということは、以前にも『飲んだことがある』と、言うことだろう?」
会場の誰も、そこには触れなかった。触れたくなかった。
「認めたくないものだよ。我々の知らない所で、紅茶が二度も、オーダーされていたと、言うことを」
会場の殆どが頷く。
「いや、その時に、メニューをクリアしたのではないか?」
「まて、あのタイムテーブルを見ろ。ラストオーダー後だぞ?」
間髪入れず、ホワイトボードを指差して言った。確かに、ラストオーダー後である。
「どういうことなんだ?」
確かに、ラストオーダー後に、平然とオーダーすることが許されるならば、ラストオーダーは、ラスト前オーダーになってしまう。つまり、普通のオーダーだ。
ラストとは、ラストであるからラストなのであって、ラストでなければ、ラストとは言えないのだ。
会場は再び、混乱に陥った。しかし、店員が持って来た焼き鳥は、テーブルに置く前に、全て消滅する。
そこで、すっと山村が立ち上がった。
「申し訳ありません。報告が一点洩れました」
一瞬で全員が静かになって山村に注目する。焼き鳥を串から外す手を、止めざるを得ない。
「演奏開始直前に、ピアノの全音を打鍵し、チェックをしていました。その時おっさんは『調律師』であることを明かしました」
「調律師か!」
「Slowtimeのピアノ担当?」
「ということは関係者?」
「いや、演奏前に全音チェックってするもん?」
また会場が騒然となった。今度は『おつまみ』がテーブルに並んでいたが、手を出す者は少ない。
誰かが言う。
「おい、再現してくれよ。いつものを頼むよ」
その一声に、会場内は「そうだそうだ」という声が起こる。
山村は音痴で、再現レベルがC級と低かったので、別の者が前に出て、再現することになった。




