嵐の予感(十一)
祐次は黙って、電話横のメモを一枚取ると、真由美に渡す。
「マスター、鉛筆ある?」
質問をするより先に祐次に言われ、増田は奥から鉛筆を、二本持ってきた。祐次に手で指されて、一本は真由美に渡す。
祐次はメモをもう二枚取ると、一枚を増田に渡した。祐次はそこにあったボールペンを握り締める。そして、自分の前に置かれた紙を、トントンと叩きながら言う。
「今から質問をします。三人で答えを書いて見ましょう。よろしいですか?」
真由美は、まだ怒っていたが頷く。増田は「俺もかよ」と思いながら、しぶしぶ了承。完全に巻き添えを食らった。
祐次は二人を交互に見ると、質問を始める。
「では質問です。貴方は全世界に存在する曲と言う曲、全てを弾くことが出来るものとします。世界のどこからの注文にも答えられる、プロのピアニストです」
祐次が右手で二人を交互に指し、前提条件を話した。増田と真由美は頷く。
「ある日、世界の何処とも知らない人が来て、貴方にピアノを弾いて欲しいと、依頼してきました。では、一つだけ質問することが許されるとしたら、貴方は何を質問しますか?」
そう言われて増田と真由美は、ちょっと考えて、さらさらっと紙に答えを書いた。祐次も紙に自分の答えを書く。
「よろしいですか?」
二人は頷いた。祐次も頷いて、質問を続ける。
「では、引き続き二問目です。あと二つ、質問することが出来るとしたら、貴方は何と何を質問しますか? 優先順位を付けて書いて下さい」
三人は、黙ってメモ用紙に答えを書く。祐次は、自分の紙を持って立ち上がる。
「質問は以上です。じゃぁ、答えを見せ合いましょうか」
三人は紙を、カウンターに出して見せ合った。
真由美の答えは「出演料・スケジュール・場所」だった。
増田の答えはちょっと違っていた。
「演奏の目的・演奏会場の様子・演奏時間」だった。
祐次の答えは全然違っていた。
「客層・ピアノの有無と調子・客が何を期待しているか」と書かれていた。
「貴方、流石プロですね。いかにもプロっぽい。いや、結構なことです」
祐次は真由美のメモを見て微笑むと、その答えを褒める。しかし、真由美は侮辱と受け取った。増田は、何も言われなかったのでホッとしていた。
こんなに怖い思いをしたのは、ピアノのレッスンの時以来だ。その時の思いが、脳裏をよぎる。祐次に、『今日の所は、早く帰って欲しい』と願う。増田はそっと一歩後ろに下がると、気持ち小さくなっていた。
「貴方、お金の為にピアノを弾いているんですか? ピアノ演奏は儲かりますか?」
ストレートな問いが、祐次から真由美にぶつけられた。
「お金の為というか、プロなんですから、お金を頂いても良いではないですか」
真由美も負けていない。しっかりと言い返した。祐次はその答えを予期していた。だから次に言うセリフも決まっていた。これは全て見切った上で組み立てられていることなのだ。
「じゃぁ、貴方にひゃくまんあげるので、もうピアノを弾くの、止めて頂けませんか?」
祐次はそう言うと、そこに置かれた上着から、財布でも出そうとしているのか、ポケットを探り始める。
「ふざけないで下さい。百万円くらい稼げます」
真由美は怒って、祐次に怒鳴った。
祐次は『意外だな』という、キョトンとした顔を真由美に見せる。しかし、直ぐに上着の方を見ると、さっきより急いだ様子で財布を探し始めた。
「そうですか。ではいっせんまん、いや、いちおく出しましょう。これでピアノを弾くのを、止めてください。いいでしょう?」
祐次の財布がなかなか見つからない。探しながら焦った様子で、真由美の方を見る。
増田は、ゼロの数を数えていた。




