嵐の予感(八)
「マスター、デジカメありますか?」
不意に声を掛けられて、増田は何だか判らなかった。しかし、祐次が右手の人差し指で、シャッターを押す仕草をしていたので、カメラを所望しているのだと判った。
新メニュー作成の時に使用しているデジカメが、店の奥にあったのを思い出す。
「ありますよ。ちょっと待って下さい」
そう言って奥へ行くと、デジカメを持って来て、祐次に渡す。祐次はそれを、真由美に渡した。
「じゃぁ、これで、店の前にある花壇を、撮ってきて下さい」
そう言うと、コーヒーをもう一杯お代わりする。
外はさっきまでの雨が止んで、水溜りを車が跳ねながら走っている。花壇の花は、今頃水滴を輝かせながら、太陽に向かって、のんびりとあくびをしているだろう。
しかし真由美は、何の目的で言われたのか、判らない。それでも、そのデジカメを持って外へ出ると、しゃがんで花壇の花を撮影した。
Slowtimeの前には、レンガで出来た花壇があって、四季折々の花が咲いている。増田は、意外とマメな性格なのだ。
その様子を見て、祐次は奥のピアノの所へ行くと、直ぐに戻ってきた。そして増田に言う。
「ちょっとピアノ、お借りします」
「はい。どうぞ」
言われなくてもSlowtimeのピアノは、何時でも、誰でもウエルカムなのだ。それは、ピアノ好きなオーナーの方針でもある。
「後で元に戻しますので、ご安心下さい」
「えっ?」
何かピアノに細工をしたのだろうかと増田は思った。
あのピアノは誰が弾いても良いが、大切な物なのだ。そこは判って貰わないと困る。
一瞬で、何をしたのだろう。それを聞こうとした。
「撮ってきました」
カウベルを鳴らして真由美が戻ってきた。増田は視線を祐次から真由美に戻す。
祐次は、真由美からデジカメを受け取ると、不慣れな操作であったが、それを覗き込んだ。増田も覗き込む。
「貴方はやっぱり、プロの芸術家ではありませんね」
「はぁ?」
次々とボタンを押して確認をする祐次が、真由美に言った。
「こんな画像では売れません。素人じゃないんですから、もっと、まともなのを、お願いします」
そんな要求、真由美には、言い掛かりに思える。
「いきなり写真を撮って来いと言って、それはないんじゃないですか? それに私、写真なんて、撮ったことありません」
祐次はデジカメを放り出す。
「そうですか。それは大変でしたね」
確かに真由美は、写真を撮るより撮られることの方が多かった。最近は少なくなっていたが。
しかし祐次は、真由美の言っていることを、単なる言い訳として受け取った。
「ちょっと、あちらに座って頂けませんか?」
祐次は窓際の『一番奥の席』を指差した。




