Slowtime(十五)
祐次は春香を見ながら、この後に起こったことを思い出していた。早苗は涙目になりながら、祐次に一つ、質問する。
「もし、もしもですよ? 春香に、ポロポーズの言葉を言ったとしたら、何て言ったんですか?」
その質問に祐次は早苗を見て、困った顔をする。早苗は笑って祐次を見た。祐次の目が涙目のまま、笑っている。
「答えなきゃ、ダメですか?」
「はい。ダメです」
姉としてなのか、きつめに言う。仕方なく祐次は、頭をポリポリ掻き、片目を瞑りながら、本当に困った顔をした。
しかし、早苗が春香の写真を祐次に向け、「ホリャホリャ」と脅すので観念し、仕方なく答える。
「そうですね。あの時決めていた言葉は『とりあえず五十年、俺と暮らしてくれないか?』ですね」
それを聞いて、早苗は目を丸くする。そして笑う。
「そんなにおかしいですか?」
祐次は照れ臭そうにして、早苗に聞く。早苗は首を横に振りながら「いいえ」と答えた。しかし「ぶっ」と思い出したように噴出して、まだ笑い続ける。
祐次は肩を上げて「しょうがないなぁ」というポーズをした。
祐次は鞄から、もう一つの封筒を取り出した。そして、笑い転げる早苗に聞く。
「あのぉ、ご結婚おめでとうございます。これどうぞ」
早苗は、両腕の間に春香の写真を抱えたまま手を伸ばし、封筒を引っ込めさせた。どうやら、現金が入っていると思った様だ。
「いいんですよ。ひっそり挙げたので」
早苗は軽く言って封筒を押しのける。
「そうなんですか。ご家族だけで?」
「ええ、主人と二人だけで」
「おや、そうなんですか。お父様は?」
祐次の何気ない問いに、早苗は返答を詰まらせる。一瞬の空白があった。祐次は、早苗の返事を待っていた。
「父は、父は亡くなりました」
咄嗟に早苗は答えた。とても早い口調だった。
「えぇっ!」
祐次が大きな声を出して、封筒を下に落とす。ひらりひらりと封筒が落ちて、祐次だけが思い出の世界に、落ちて行った。
早苗は、祐次がそこまで驚いたことに、驚いた。余りにも大きな声だったので、増田がひょいと顔を覗かせる。
「いえ、何でもありません。すいません。大きな声を出して」
祐次は慌てて封筒を拾うと、鞄にしまった。少し、涙ぐんでいる様にも見えた。
「お話は終わりですか?」
増田がにっこり笑って、二人に声を掛けた。祐次が「はい」と言って立ち上がる。
カウンターの方に直接出ると、そこには美紀がいて、祐次の指定席の隣に座っていた。祐次は美紀の隣に座ると、微笑んで「お待たせ」と言った。美紀も祐次の方を見ると、にっこり笑って「よかったね」と答えた。二人はとても仲良しに見えて、増田は安心する。
美紀が再び正面を向いて、カウンターの奥にいる早苗に、目で合図した。すると、早苗はニヤっと笑って答える。
「五十年だそうです!」
その瞬間、美紀は祐次の耳を掴んで、引っ張った。
「私の時は十年だったのに! 次は私も、五十年にして貰いますからね!」
「いでででで。あいあい。いでー」
増田は訳が判らず、いきなり始まった喧嘩の仲裁をしようと試みる。早苗は大笑いしながら、祐次と美紀を見つめていた。
美紀は百年と言って置けば良かったと思ったが、それは、十年後のお楽しみにした。




