Slowtime(十四)
祐次は両手をバタバタさせながら、次に、何を話せば良いか、模索していた。
「順番がバラバラなんですけど、安田美紀さんがお世話になったそうで、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました」
祐次は早苗に頭を下げる。早苗はにっこり笑って、祐次を冷やかした。
「婚姻届には、サインしたんですか?」
そう言われて、祐次はパッと頭を上げ、苦笑いする。
「はい。ウィーンに行く飛行機の予約をするには、美紀観光と契約をする必要がある。と、言われまして、サインに応じました」
祐次が頭を掻きながら答えると、早苗は口をあんぐりと開けて驚いた。祐次に嘘を教えた先輩を、散々に言っていた癖に、美紀が一番の嘘つきだ。早苗は、ウィーンで見た口下手な美紀を思い浮かべていた。祐次が言う。
「でも」
「でも?」
早苗が祐次に聞いた。祐次は少し照れ笑いをしながら答える。
「提出は、喪が明けてからにしてね。と、お願いしました」
変な所に気を使う祐次に、早苗は笑った。やはり、祐次は春香を大事に思っていてくれる人だった。
早苗は、自分には笑顔を見せてくれなかった春香が、祐次と出合って、どんな笑顔を見せたのか。一目見てみたかった。Miniは、何の連絡もなく引っ越してしまった春香を、探すために買ったものだった。
「美紀さん、幸せにしてあげて下さいね」
早苗は祐次に優しくお願いした。祐次の答えは早い。
「もちろんですよ。彼女には、ほんとーに、感謝しています。こうして早苗さんにお会い出来、Miniのキーも渡すことが出来て、とても安心しました。みんなみんな、彼女のお陰です」
そう言って祐次は微笑んだ。
「あ、でも」
「でも?」
早苗が祐次にまた聞いた。祐次は照れ笑いをしながら答える。
「寝言で『春香』って言ったら、殴るそうです」
「あら、それは大変!」
早苗はあんなに気弱だった美紀からは、想像も出来ないしたたかさを知って、祐次の行く末を案じた。
祐次は、話そうと思っていたことを整理出来ずにいた。脈略なく鞄から、一枚の額縁を取り出すと、テーブルに置く。
それは、春香の写真だった。
「これは、滑落する直前に撮ったものです」
そう言って、写真を早苗の方に向ける。早苗は額縁の下を持って覗き込んだ。
「かっこ付けて、ポーズ取ってる場合じゃないってもんです」
祐次はザイルを見つめながら呟く。早苗はその写真を見て、さっき思ったことが、もう叶ったことに感謝した。暫し見つめる。
「幸せそうじゃないですかぁ。きっと春香も、お二人を祝福していますよ」
「ありがとうございます」
祐次は深々と頭を下げ、顔を上げると春香を見つめながら、話を続けた。
「春香と暮らした数ヶ月は、本当に楽しかった。楽しかったというより、夢中だったと言えば良いかな。何もかも。本当に、何も、かも」
祐次の言葉が、最後はゆっくりになって途切れる。
少しの間、二人とも、話をしなかった。




