Slowtime(十三)
「じゃあ、この鍵は!」
早苗が、鍵を祐次と早苗の目線の間に掲げた。祐次は、申し訳なさそうに答える。非常に、答えにくいことだった。
「そうです。春香が半年間、大事に持っていた鍵です」
Miniのことは、売って忘れたはずだった。しかし、春香の遺体と一緒に、Miniのキーが出てきた。滑落しても、雪に埋もれていても、鍵は、傷一つ付いていなかった。祐次は、今更どうにも出来ないと思い、その鍵を、大事にしまっていた。
「何度これを、貴方に渡そうか、迷いました」
早苗は鍵を見ながら泣いた。そして大事に抱きしめる。その様子を見て、祐次は返して良かったと思い、そして、ほっとした。下を向き、両手を組んで、親指をクルクル回しながら、言葉を続ける。
「正直ビックリしました。ここでコーヒーを飲んでいたら、Miniが来たんです。そして、運転していたのは春香だった。いえ、もちろん違うんですけど、私にはそう見えました。白いワンピースで、クルクル回りながら、こちらに来た。生きていた! 帰ってきた! そう思いました」
早苗は涙を流しながら祐次を見る。耳が真っ赤で、少し寂しそうだ。祐次は下を向いたまま、話を続ける。
「でも、違いました。似てるけど、別人でした。とても嬉しそうな笑顔を向けたのは、私ではなく、マスターだったんです。いや、別人だし、当たり前なんですけど。でも私には、春香だったんです。貴方は。あぁ、生きていてくれたんだ。ザイルが切れて、怒っているんだ。怒っても、無視されたなんてことなんて、なかったんですけどね」
早苗は、少し笑って頷く。
「そう思うことで、私の気持ちは、少し楽になりました。でも、思いました。やはり、貴方は春香ではないし、何と言うか、マスターと仲良くしているのが、ちょっと耐えられないというか、いや、取られたとか、そういう感情ではなく、何と言うか、上手く言えないんですけど、私も、こうだったはずというか、んー」
祐次は頭を掻き続ける。
祐次がSlowtimeのカウンター席で早苗を見たのは、偶然だった。でも、その後もカウンター席に座っていたのは、早苗が見たかったからだ。それは、誰にも言えないことだった。
「でも、マスターはピアノもお上手ですし、貴方は赤の他人ですし、いや、まさか、お姉さんとは思わなかったですし、とにかく、別人であると認めて、ここを去ることにしたんです。三年は春香の傍にいようと思ったのですけど。でも、私はここで過ごした二年間は、忘れられません。ある意味、色々なことがありました」
「そうでしょうね」
支離滅裂な祐次の話だったが、祐次の心中を察し、早苗は心の中で話を整理する。
真っ赤な顔で、平静を装う祐次を見ていると、質問は、とてもできなかった。




