Slowtime(五)
日本に帰ってきた美紀は、空港で温泉饅頭を買った。そこで義姉の顔が、思い浮かんだからだ。美紀は温泉饅頭を鞄に押し込みながら、ギリギリセーフだと思った。
カラッポの鞄を持って義姉の家に行くと、義姉は喜んで温泉饅頭を受け取った。美紀はウィーンにも温泉があって、そこで買ったと嘘を付いたが、それは見破られてはいない。
義姉は温泉饅頭をほお張りながら、美紀の話に耳を傾ける。
「そんで、旦那、どんな人だったの? 旦那!」
悪戯っぽく顔を寄せると、食べ掛けの饅頭と一緒に前に出た。美紀は、お茶を飲みながら答える。
「良い人でしたよ。ピアノがとってもお上手で」
「そうかー」
そう言って、義姉は後ろに戻る。笑いながらイスの背もたれを『ギシギシ』と揺らしている。義姉の興味は、春香の姉よりもその『旦那』の方にある様だ。
美紀は、ぽやっとした感じで、テレビを見るダメな兄貴『現旦那』を見ながら、笑った。
テレビでは、いつ桜が咲くか、予想をしている。日本に帰って来ただけで、だいぶ暖かいと感じられたが、春はもうすぐそこにある。
しかし美紀は、日本に帰ってきてから、いつ祐次に会うか、悩んでいた。
早く逢いたい気持ちもあるのだが、飄々とした表情。いつ機嫌が良くて、いつ悪いかの、見分けが付かない。季節が冬に巻き戻るのが、極当たり前の様にさえ感じられる。
美紀は、祐次が自宅にいるであろう、土曜日の午前中を、決戦の時と決めた。
まだ店も開いていない商店街を歩き、泣きながら曲がった角を、泣きそうになりながら、逆に曲がる。あれから三ヶ月。人生の荒波など、経験することもなく、穏やかに過ごしてきた美紀にとって、この三ヶ月は、初めて経験する荒波に違いなかった。
でも、何もかも、今日で決まるのだ。祐次の自宅前にやってくると、深呼吸して美紀は呼び鈴を押す。
「はーい」
奥で祐次の声がして足音が聞こえて来る。
普通は一度では出ない。テレビドラマなら、がっかりとして帰る途中ですれ違ったり、角でぶつかったりするものだ。しかし現実はストレートで返って来た。目の前のドアが開いて祐次が顔を出し、『何だ』という顔をする。最悪だ。
「ちょ、ちょっと、お話しっ、お話しっ、したいこっ、ことがっ、あ、あるんで、すけ、どっ……」
美紀はいつになく緊張して、言葉に詰まる。こんなはずじゃなかった。恐怖に震えていないで、もっと練習してくれば良かった。
祐次は目を擦りながら、おっとりと答える。
「今、ビデオ見てるんだけど?」
何のだ。いや、最悪だ。
「じゃぁ、待ってます」
美紀は、咄嗟に答えて下を向く。祐次は困った顔をしていたが、美紀はドキドキして、祐次の目が見れなかった。
祐次が無言で、ドアを閉めた。




