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piano  作者: 永島大二朗
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Slowtime(四)

 その日の夜、リビングのテーブルを片付けると、増田のキーボード演奏で、早苗が歌を披露する。即席の演奏会だ。はるばる日本から、伝言をするためだけに来てくれた美紀を、歓迎してのことだ。

 美紀は、クラッシックは余り知らないし、楽器も弾けないが、とても素敵な夫婦だなぁと、思い、とても、羨ましかった。

 一人ちょこんと椅子に座って聞いていた美紀は、曲が終わる度に盛大な拍手をする。

「お上手ですね。プロみたいです」

 それは、決して嫌味でもお世辞でもない。美紀の感嘆の言葉だった。それを聞いて早苗は、増田の方を見る。つい先日まで『ディアノ』を名乗って活動していた早苗なのだが、まぁ、余り有名ではなかったと言う訳だ。

 しかし早苗は「どうよ」という得意気な顔をして、キーボードの増田を見る。そして、クスッと笑った。

「ありがとうございます」

 早苗は美紀の方に向き直ると、頭を下げて礼を言った。丁寧なお辞儀を受け、美紀は増田にも言う。

「ご主人も、お上手で」

 そう言うと美紀は、右手で増田と早苗の両方を、交互に指しながら言う。

「お二人とも、プロで、やって行けるんじゃないですか?」

 今度は増田が立ち上がり、両手を腰にあてる。イスが動く音がして、早苗は振り返った。そこには上体を反らし、誇らしげに早苗を下目遣いで見る増田がいる。それを見た早苗が、私の方が偉いと言わんばかりに、更に上体を反らし始めた。

 増田夫婦は張り合う様に『偉そう』にしていたが、美紀には『子供の小競り合い』にしか見えない。美紀は両手を口にあてて笑った。

 なおも二人は顎を引きながら上体を反らしている。このままだと、二人とも倒れてしまいそうである。

「アンコール! アンコール!」

 美紀は、二人が喧嘩をしない様に口を挟んだ。二人は同時に美紀の方を見る。そして、また顔を合わせると、姿勢を戻してにっこりと微笑んだ。美紀の方が安心する。


 何曲と決まっている訳ではなかったが、そろそろお開きにして良い時間でもあった。最後に何を聞かせて貰えるのか、美紀は二人を見ながら待っていた。

 増田は早苗に、何か目で合図をしていたが、早苗は首を横に振った。しかし、増田が無言で早苗を見つめると、早苗が笑った。

 一瞬の出来事に、美紀には『何かの打ち合わせ』をしている程度にしか見えなかった。

 何の紹介もなく演奏が始まって、早苗が歌う。さっきのクラッシックと同じく、美紀には知らない曲だ。しかし今度は、日本語の歌詞だったので、意味は判った。


 歌い終わって、美紀は盛大な拍手をする。

 早苗は何かを吹っ切った様な、スッキリとした顔をしていた。それを見て安心したのか、増田はキーボードの前を離れ、トコトコとカウンターに歩いて行く。

 早苗と美紀が、明日の飛行機について話している間、増田はそこで簡単な地図を書く。美紀は増田から、その地図を受け取った。

「また日本で逢いましょう。あ、これ日本の住所です」

 そう言って渡された地図には、『Slowtimeココ』と書いてあった。美紀は礼を言って大事にしまった。また直ぐに逢える。美紀は何も心配していなかった。


 その地図を見て、この店が『Slowtime』という名前の店であることを思い出す。美紀は日本の『Slowtime』にも行ってみたいと思ったが、日本には、帰りたくなかった。

 美紀は日本に帰って、祐次に会うのが怖かったのだ。早苗から市内観光に誘われた時、本当にホッとしていた。日本に帰らなくて良い理由が、出来たと思った。

 しかし、毎晩祐次に叱責される夢を見た。


 その日の晩、早苗が美紀の部屋を訪れた。早苗には、美紀が良く眠れていないのが、判っていたからだ。

 最初は枕が合わないのかと思っていたが、増田のノロケ話をした時に、美紀が一瞬顔を曇らせたのを、早苗は見逃さなかった。


 早苗は遠慮する美紀を、無理矢理ベットに寝かせると、枕元に椅子を持ってきて座った。そして、手を握って微笑んだ。

 美紀は安心したのか、祐次のことを話し始める。春香の日記を読んだことや、怒られたことを話した。それに自分は、まだ祐次と付き合ってさえいないことを、話した。

 早苗は、両手で美紀の手を握り締めて慰めた。


 ベットの中で、美紀は目を瞑り、春香の日記について、覚えている限り、話をした。手を繋いでいると、安心して話すことが出来た。早苗は話を聞きながら、窓の外に輝く天の川を眺めていた。

 どれくらい話していただろうか。最後の方は、半分寝ていたであろう。しかし美紀には、早苗の言葉がはっきりと聞き取れた。

「じゃぁ、男の子が生まれたら『祐次』って名付けますね」

 美紀は目を瞑っていたが、早苗が微笑んでいる様子が見えて、祐次という子供が、笑っているのが見えて、そして、祐次が、美紀に微笑んでくれているのが見えた。

 早苗は、美紀が笑顔で夢の世界に落ちて行ったのを見て、スタンドの明かりを消した。

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